(第639回)
 ロンドン五輪の後を継いで始まったパラリンピックでモータースポーツ界にとって素晴らしい出来事が起こった。アレックス・ザナルディがハンドサイクルのイタリア代表として出場、見事金メダルに輝いたのだ。

 ザナルディといえば1990年代はじめにF1で戦い、キャリアを終えた後は米CARTに挑戦、そこで97、98年と圧倒的な強さで2年連続王者に輝いた。その後、F1に復帰したが、成績がついて来ずに、再度挑戦した2001年CART第16戦(ドイツ・ユーロスピードウェイ)の事故で脚部に大きな損傷を受けて両脚を膝上から切断する手術を受けた。

 一命は取り留めたものの体の一部を失った人の気持ちは私には分からない。ましてや2本の脚を失い、自力で歩くことさえできなくなったザナルディの気持ちを単純に理解することは失礼に当たるとさえ思われる。もし私がザナルディのような状況に置かれたらと考えても、簡単に答えを見つけることはできない。

 しかし苦境に陥っても簡単に諦めない人間がいるということを彼に教わったような気がする。両脚を失ってもモータースポーツへの情熱を捨てずWTCC(世界ツーリングカー選手権)に出場、05年のWTCC第7Rの第2レースで優勝した。ライバルはいずれも健常者であり世界トップクラスのドライバーばかり。そこで両手2本でBMWを操っての勝利は多くの人を勇気づけた。

 WTCC引退は09年。その数年前から取り組んでいたのがハンドサイクルで12年パラリンピックを目指し本格的に転向、練習に明け暮れた。レーシングドライバーを職業に選ぶ人間は負けず嫌い−といった定説では、彼を理解することはできない。その闘争心は恐らく事故で、より強くなったに違いない。それは自動車レースからハンドサイクルに転向してからも変わらず、いくつものレースで優勝、入賞を繰り返した。

 そして、彼の至高の瞬間は9月5日、ロンドン・パラリンピックで訪れた。イタリア代表として参加したハンドサイクルレースで金メダルを獲得した。F1を走り、CARTで王者となり、WTCCで優勝し、パラリンピックで金メダル。もう何の説明も不要だろう。アレックス・ザナルディとはこういう男だ。彼の存在が、どれだけの人を勇気づけたか、誰か調べてほしいものだ。モータースポーツは素晴らしい先達を持ったことを誇りに思うべきだ。(モータースポーツジャーナリスト)