(第644回)
 ここ数日、アメリカの浮かれ具合が鼻につく。何年ぶりかで開催されるアメリカGPを前に、現地から届く自画自賛のメール情報にへきえきしている。やれ新しいサーキットはすごい、主催者は準備万端だ、世界中からやって来るあなたたちはテキサスの素晴らしさに驚くだろう…等々。

 とにかく久々に開催されるグランプリを前に地元関係者は大はしゃぎ。3日間のレースの週末を控え、全米各地でイベントがめじろ押し。こんなにF1を歓迎しているという姿勢を見せている。1週間前から、あるいはレースの週末まで、世界中からやって来る関係者やファンに向けて何でもありだ。

 メディアにもメールが飛び込んでくる。例えばF1メディアスタッフから、我々はどんな仕事でも喜んでやる。メディアの皆さん、イラッシャイ、てな具合だ。地元テレビ局もサーキットはこんなに素晴らしいと紹介ビデオを流し、そのはしゃぎようは尋常でない。

 まあテキサスのオースティンに世界中から大勢の人が来るのだから、いつもはのんびりした生活につかっている人が舞い上がるのも仕方ないことだろう。

 この歓迎にF1関係者はもちろん大喜びだが、それはレースが始まるまでということをオースティンの人々は知っておくべきだ。レースが終わった時点ですぐにF1の現実を知るだろう。F1関係者は、実はF1レース以外に何も興味ないということを。レースが終わればさっさと荷物をまとめ、ホテルのベッドも乱しっぱなしで去ってしまうだろう。残されるのは大きな箱物のサーキットと虚無感だけ。おっと多額の借金もだ。

 F1関係者はつまるところ、どこでレースが行われるかなんて興味なしなのだ。F1レースがあるところに出掛け、その街や村が世界で一番素晴らしいようなお世辞を重ね、レースが終わればさっさと荷物をまとめる。それまで居た場所なんか覚えてもいない。

 レースの内容が素晴らしく、観客、それも地元の観客が喜んでくれたならまだしも、もしつまらなければメディアはサーキットのせいにさえしてしまう。ひどいアメリカGPだった、と。それはまるでアメリカがひどかったと言っているのと同じだ。主催者はそのことも知っておかなければいけない。レースがつまらなかったらその失敗を翌週カバーしようなんてできない。できるのは1年も先の話なのだ。

 まさかオースティンの人がこのコラムを読むことはないと思うけれど、アメリカが動けば何でも大丈夫と考えてはしゃいでいるオースティンの人、F1はそんな甘言などどこ吹く風ですよ。ゆめゆめお間違えのないように。アメリカが動けば黙ってついてくるのは日本だけですから。(モータースポーツジャーナリスト)