(第649回)
 小林可夢偉が来季のF1シートを失った。看過できないので少し私の考えを書こうと思う。まず小林がシートを失った状況に直面して、ファンはF1の厳しさを知ったことだろう。小林といえばF1の世界でも十分に認められた中堅ドライバー。が、中堅ドライバーはひとつ間違えばシートを失う危険をはらむ立場にいる。それは動かしがたい現実だ。

 S・ベッテルやF・アロンソ、L・ハミルトンのように、タイトルを獲得し、常に勝利を挙げられる実力を備え、勝つための環境を整えた、それでいて経験豊富な数人のドライバーを除くと、現役F1ドライバーは誰でも小林と同じような立場に置かれる。H・コバライネンはマクラーレンで走ったことがあり、優勝経験もあるが、13年のシートは決まっていない。小林と同じ立場だ。

 小林はこれまでの同郷の先輩と比べて成績は飛び抜けている。獲得ポイントも3シーズンで3ケタを記録。この点でも群を抜く。それだけ優れた小林に13年のシートが用意されていないことに日本人ファンは驚きを隠せないだろう。ただ冷静になってF1全体を見ると小林だけが特別厳しい状況ではないことが分かるだろう。小林級のドライバーは二十数人のF1ドライバーの中にまだ数人いる。そして彼らは毎年シーズンが終了すると次のシーズンに向け所属チームを探す。それがF1の厳しい現実だ。

 小林はザウバーを離れることが分かったとき、翌シーズンのシートに少々楽観的だったのかもしれない。ザウバーから契約金をもらって走っていた現実から逃げ切れなかったのかもしれない。それは小林のプライドだろうが、F1はプライドよりキャッシュが重視されることもあるということだ。小林と同レベルの力を持つ中堅ドライバーが選択肢にあるとすれば、チームはプライドよりキャッシュを持った方を選んで当然だ。そこには現在のF1がクルマの開発などで金食い虫になってしまい、チームは少しでも資金の足しになるキャッシュを欲しがっているという現実がある。小林や彼のマネジメントがそのことに気づかなかったとしたら、それは現実を直視していなかったということかもしれない。

 それでも小林を欲しがっているところはあると聞く。小林が集めた金が目当てでなく、ドライバーとしての力を欲しがっているとも聞いた。将来、それが現実になることを願う。そのためには現実を真摯(しんし)に受け入れ、来年をムダなく過ごしてもらいたい。小林のF1復帰を望んでいるのは日本人ファンだけでない。そこにあるのはもっと大きなスケールの待望論だ。(モータースポーツジャーナリスト)