(第650回)
 2012年を振り返ってみると、世の中は慎重にスタートし、半ばあたりから元気が出てきて、最後はその元気が少しトーンダウンして終わったという印象がある。これは大きな危機に襲われた後に表れる現象だ。病気でもケガでも、治癒した直後に以前の気持ちに戻るのは簡単ではない。ゆえに慎重にゆっくりしたテンポで動き始めるが、もう大丈夫と感じたところで普通の生活に戻る。その時、普通の生活の持つエネルギーの大きさに驚く。恐らくその時にはエネルギーが満ちあふれているように感じるものだ。ところが、実際には生活はそもそも単調なもので、それに気づくと再び冷静な時間を取り戻すことになる。2012年はそんな年だった。

 モータースポーツもその点は否定できない。11年の震災後、関係者の中にはモータースポーツの存在意義を疑った人がいるのではないか。それでも、少しずつ活動は始まり、今年はそのスピードが上がった。加速の過程では大きなエネルギーが感じられたが、それは普通の状態に戻る途中に要求されるエネルギーで、常態に戻るとエネルギーは過激な力量を抑制し、以前と同様のペースに落ち着いた。そして誰もモータースポーツの存在意義に悩まなくなり言及しなくなった。

 恐らく、モータースポーツの存在意義などと子供じみた頭でっかちな議論は不要だと考える人もいるだろう。すでに形作られた世界の中でその世界の存在意義を論じるなどという行為は愚行でしかないのかもしれない。しかし、世界最高峰のモータースポーツであるF1で表彰台に上るほどの実力を備えたドライバーが働く場を失う状況を見ると、どうしても存在意義を意識する。

 では、13年のモータースポーツはどうなる? もちろん12年の先にあるそれは、12年を否定してはそれこそ存在意義がなくなるわけで、関係者はしっかりと12年と対峙(たいじ)して答えを出すことから始めなくてはならない。現状を分析し、方向性を明確にして初めて価値を認めることができる。

 やはり価値あるものとして活動を行うことで、モータースポーツの存在意義も確認できるということだ。モータースポーツに携わっている多くの人々は、そのことを肝に銘じて13年に向かってもらいたいと思う。(モータースポーツジャーナリスト)