(第651回)
 「地の塩」という言葉がある。少数派であっても批判的精神を持って生きる人をたとえていう言葉だ。塩が食物の腐敗を防ぐところからきたと聞く。ここでいう批判的精神とは、第三者に対する批判ではなく、社会や世の中の流れに対する批判と受け取った方がいいだろう。往々にして我々は長いものに巻かれがちになる。大きな声には負けそうになる。しかし、長いものや大きな声がいつも正しいとは限らない。たとえ正しくても全ての人の考えに合っているとは限らない。そうでない場合の方が多いかもしれない。

 我々は大きな声を冷静に聞かなければいけない。冷静に聞いて、その声に惑わされることなく自分で声を出すべきだ。小さくてもいいから、自分が正しいと思ったことを声にすべきだろう。もちろん、その声が誰の耳に届くかどうか知る由もないが。誰も見ていなくても、足元の小さなゴミを拾うように、静かに声を出そう。

 恐らく、イギリスのモータースポーツがいまのように揺るぎないものになったのは、モータースポーツに携わるものが長いものに巻かれたり大きな声に惑わされなかったからではないか。自動車メーカーの言う通りのモータースポーツに追従せず、自分たちがよかれと思ったモータースポーツに力を注いだからだろう。大きな自動車メーカーが姿を消したイギリスにおいて、いまでも世界中のモータースポーツをけん引する力があるという事実が、そのことを如実に物語っている。自分たちの力を信じ、足元を見つめてやってきた証しがそこにある。

 わが国にはイギリスのような時代は来るのだろうか? 世界のモータースポーツをけん引しながら、自分たちの足元を決しておろそかにしない姿は実現するだろうか? もちろん、自動車メーカーのモータースポーツを批判する必要はない。彼らが取り組むモータースポーツに助けられながら、我々は自分たちの足元を見つめ直せばいい。そういう「地の塩」のような人がひとりでも多く現れることを祈りたい。 (モータースポーツジャーナリスト)