ないないづくしも堂々2度の入賞
第135回
1991年HRCの契約ライダーだった新垣敏之は、ワークスライダーの地位を捨てて、プライベートライダーとして最高峰クラスの500ccにチャレンジしていく。カウルの日の丸が、新垣の心意気を感じさせるものだった。(写真/赤松孝)
1991年HRCの契約ライダーだった新垣敏之は、ワークスライダーの地位を捨てて、プライベートライダーとして最高峰クラスの500ccにチャレンジしていく。カウルの日の丸が、新垣の心意気を感じさせるものだった。(写真/赤松孝)
 ちょうど1年前のことだ。

 新垣敏之は、埼王県朝霞市のHRC本社の食堂に、「お世話になりました。来年、世界GPに参戦します」という1枚の張り紙を残して会社を辞めた。

 翌年の契約をめぐって何か問題が発生したわけでもなく、かといってクビを通告されたわけでもなかった。

 食堂に残した文面通り、.....
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