第266回
鈴鹿8耐でヤマハのエースナンバー「21」が復活したのは2015年。この年からヤマハは4連覇を達成。今年は2位と惜しくも優勝を逃した。21をつけて平忠彦さんが鈴鹿8耐で優勝したのは1990年。それから5年後の1995年、記録に残らない「21」の戦いがあった。
鈴鹿8耐でヤマハのエースナンバー「21」が復活したのは2015年。この年からヤマハは4連覇を達成。今年は2位と惜しくも優勝を逃した。21をつけて平忠彦さんが鈴鹿8耐で優勝したのは1990年。それから5年後の1995年、記録に残らない「21」の戦いがあった。
 時計の針は、午後6時30分をさしている。チェッカーまであと1時間となった。そのとき控え室のドアが開き、「交代まで残り4周です」というスタッフの声が聞こえてきた。すでに平忠彦は最後の走行のために着替えを済ませていた。

 レーシングスーツのそでに腕を通す前に平は、テレビのモニターを見ながら、「もう.....
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