第268回
 旅の始まりはいつも、ちょっとだけぜいたくになる。

 火曜日の夜にベルギーのブリュッセルの空港に到着し、空港のシェラトンホテルに泊まった。1泊7000BF。日本円にすると約2万3000円。クルマを長期預かってもらった空港の駐車場代もあるので、どんどんお金がなくなっていく。こうして旅の始まりはいつも、ぜいたくをした分だけ、ちょっぴり悲しくなっていくのだ。

 今日はこれからドイツ、オーストリアを抜けてチェコGPの行われるブルノを目指す。距離は約2000km。9月3日のイモラが中止になったので、5月から続いていたWGPのヨーロッパラウンドは、これが取りあえず最後のレースとなる。

 その最後のレースが、こうしてロングドライブになったのは、うれしい。クルマで走る距離が長ければ長いほど、グランプリサーカスの気分にどっぷりとつかれるからだ。

 時計を見ると午前6時。このGPサーカスを書き上げたら出発しなければいけない。気持ちは焦るのだが、先日のJMSFで「いつもGPサーカス楽しみにしています」と何人もの人に言われたことが、結構プレッシャーになってなかなか書き進まない。

 そのプレッシャーとは、楽しみにしてくれる人がいるのだから、面白い話を書かなければ・・・というものだ。そう思うのだが、約3週間の夏休みで頭の中は空っぽ。おまけに長い飛行機の移動と時差ボケで、思い浮かぶのは、夏休みに子供と遊びに行ったプールの情景ばかりでもある。

 7月のイギリスGPが終わって帰国してから、鈴鹿8耐、JMSFのイベントの合間を縫って、子供と8日間もプールへ行った。その8日間で、全然泳げなかった5歳の娘が浮輪を捨てて、自力で泳げるまでに成長した。「帰ってきたら泳ぎを教えてネ」という子供との約束を果たしての出発は、さすがに気分が良かった。

 もうひとつの約束。「JMSFに来たら後悔はさせない」というのはどうだったのだろうかと思う。WGPと全日本のトップライダーが大集合。WGP組が出演した11日は、夏休み前の金曜日でどうしても休みが取れなかったという人が多かったと聞くが、それでも大勢の人が集まってくれて本当にうれしかった。

 翌12日は、前日に出演してくれたWGP組の選手にお礼の電話を入れながら、控室で全日本組の選手たちと長いこと話をした。みんな「GPへ行きたい」と言っていたが、実際にGPという舞台で腕を磨けば光り輝きそうな選手が多く、日本の2輪界の層の厚さをあらためて実感した。

 僕にとって6年ぶりの鈴鹿8時間耐久。トップライダー勢ぞろいのJMSF。そして子供とプールで過ごした日々。今年の夏は、本当にぜいたくな時間を過ごしたようだ。

 ヨーロッパは今日も快晴だ。さあ、再びグランプリサーカスの始まりだと気合を入れている。荷物をまとめて部屋の鏡を見ると、真っ黒に日焼けした顔の鼻の皮が、見事にむけていた。

 ぜいたくな時間は終わった。休養も十分。そしてグランプリサーカスは、まだまだこれからが本番なのだ。


■1995年8月17日掲載