第280回
 井形とも子が引退すると聞いた時、驚きはしなかったがやっぱり寂しい思いがした。そして、GP参戦が決まった時のこんな言葉をふと思い出してしまったのだ。

 「姉もそうでしたけれど、女は30歳が限界かなって。GPに行こうと思った時も、その30まであと2年しかないし、今しかないなって思いましたから」

 今週の土曜日、鈴鹿サーキットで彼女は引退記者会見を行う。しかし、「引退っていうか、GPにはもう行きませんって感じの簡単なものですから」と、明るく語ってくれたのが唯一の救いだった。

 原稿を書く時、聞いたコメントをそのまますんなり書ける選手。書きにくい選手の二通りがある。井形は、そのまますんなり書いてしまえるタイプの選手で、書き上げた原稿を後で読み返すと、ああ、面白いことを言っているなと思う時が多い。

 井形に限らず、125ccクラスの選手は、メーカーとの結びつきがそれほど強くないこともあって、言いたいことを言っているような気がする。

 先日のTBCビックロードレースでもそれは感じた。125、250、スーパーバイクという3クラスがあって、排気量が大きく、そしてメーカー契約の選手になればなるほど、こちらがある程度予想していることしか言わないという傾向が強い。というよりも言ってはいけないという制約が多すぎて、自然とそうなってしまうようだ。

 いつだったかこんな話を聞いたことがある。走りも喋ることも豪快だったSという選手がいて、年々、契約書がどんどん厚くなっていった。言いたいことは言わせてくれるのだか、翌年の書面には、これは言ってはいけない、あれも言ってはいけないと、知らぬうちに契約条項がどんどん増えていったのだというのだ。そのほとんどがマシンのことで、例えば、どこで何が壊れたか・・・。一般的にはどうでもいいようなことばかりだったという。

 モータースポーツは、一般的にわかりにくいと言われている。例えば、去年まで速かった選手がどうして今年は遅いのか。その逆の場合もそうだが、クルマやバイクを使うモータースポーツは、結果だけではなかなかわかりにくい。そのうえ言いたいことがあってもなかなか言えないとなれば、ますますわかりにくいのではないだろうか。

 「もし、女でなければこんなに注目されなかったと思うし、大きく取り上げてももらえなかったと思う。だからといって、嫌だとは思ったことは一度もない。ライダーって、私も含めてみんな目立ちたがり屋ですから」

 井形に聞いたこんな言葉が今でも強烈な印象として残っている。そして2輪のレースをもっともっと面白くする秘けつが、この言葉の中に隠されているような気もした。

 今となってはもう遅いかもしれないが、もっともっと井形のことを書いてあげれば良かったかなと、ふと、思うのだった。

■1995年11月9日掲載