第289回
 病院のベッドの上で、いま、これを書いている。去年の暮れに、今までいろんなところで原稿を書いてきたと書いたが、さすがに病院で書くのは初めてのことだ。

 といっても、僕は至極健康。5歳の娘が肺炎で入院してしまったからなのだ。娘の入院している病院の面会時間は午後3時から7時まで。小児病棟は12歳以下の入室が禁止されている。わが家には1歳の息子がいるために、妻と交代でお見舞いに来ているのだ。せっかくお見舞いに来ても、こうしてベッドの上にノート型のワープロを広げてパチパチとキーを打っているのだから、まったく、何をしに来ているのだろうと思われても仕方がない。

 これが自宅ならば、「仕事なんか後にすればぁ」と娘に文句のひとつでも言われるところだか、今日だけは側にいてくれるだけでいいのだろう。文句も言わず、ぬり絵帳にせっせと色鉛筆を走らせている。

 僕がGPを転戦するようになってから、家族の中で起きた初めての入院騒ぎ。あらためて健康のありがたさを感じている。

 長年、グランプリを転戦していていつも感じるのは、やはり、健康第一。だからこそ今年で7年目のシーズンに突入するのだが、初めて転戦した90年は、入院している娘が生まれたばかりのシーズンで、本当に苦労した。

 車を走らせる。4時間置きにミルクをあげる。オムツも替えなくてはいけない。一人で転戦している今は1日1000kmの移動も朝飯前だが、当時はせいぜい400〜500kmが限界。赤ん坊の位き声をBGMにヨーロッパ大陸を車で走り回っていたのだ。そんな生活を娘が3歳になるまで続けた。大きな病気もなく、家族全員が健康だったからこそのGPサーカスだったと、今さらながらに痛感している。

 しかし、それでも何度かは医者のお世話になることもあった。高熱を出して吐く。子供によくある症状だが、あんまりひどいとさすがに心配になり医者にかかることになる。言葉が通じない。薬の名前もわからない。外国で医者にかかるほど不安なことはないが、何度か繰り返しているうちにそれも平気になってしまう。大体が、赤ん坊は自分の体の状態を口で言えない。不安なのは親の方だけであり、医者は子供の症状を的確に診断して、薬を出してくれるというわけなのだ。

 故郷を離れて長い間外国を転戦する選手たち。特に2輪のライダーはケガとは無縁でいられない。そしてほとんどの選手たちがケガをすると、決まって自分の国に帰って治療したがる。そんな気持ちが僕にはよく分かる。1日も早く復帰したい。万全な治療を望みたいとなれば、言葉が通じてわがままが通る自分の国へ帰りたいのも、当然のような気がするからだ。

 ここまで書いたところで、そろそろ面会時間の終わりが来たようだ。「帰る時はあっさり帰ること。そうしないと子供がかわいそうだから」と妻に言われている。いつまでも「それじゃまた明日」「看護婦さんの言うことをよく聞くんだよ」とか言っていると、子供にとっては、余計に別れがつらいのだそうだ。

 グズグズしないのが、病院での別れ際のコツなのだそうだ。そうは言っても、病院にいる間、ワープロを打っていた罪の意識もあってか、なんだか余計なことを言ってしまいそうで仕方がない。

 心を鬼にして、今日もくるりと背中を向けた。

■1996年1月11日掲載