第336回
1996年チャンピオン争いを演じた徳留真紀は、98年まで125cc、99年に250ccで参戦してGPフル参戦を終えた。トメちゃんは、いまも現役。全日本ロードJ−GP3で3回目のタイトル獲得を目指す。
1996年チャンピオン争いを演じた徳留真紀は、98年まで125cc、99年に250ccで参戦してGPフル参戦を終えた。トメちゃんは、いまも現役。全日本ロードJ−GP3で3回目のタイトル獲得を目指す。
 最終戦オーストラリアGPの直後に、このコラムでチャンピオンTシャツのことについて書いた。青木冶親と徳留真紀のチャンピオン争い。“幻に終わったTシャツの行方は”という内容のだった。

 先日、そのチャンピオン争いに負けた徳留に会った。早くも来季に向けてテストが始まっている。125ccから250ccに乗り換えた印象や、日本に帰って来るまでの約1カ月のことで話は盛り上がった。

 そのときに、「ところで、チームはチャンピオンTシャツを作ったの?」と聞いた。すると、「そうなんですよ。僕もそれが知りたかった。でも、もう時間もたってしまったし、もういいかって気分。おそらく、だれかがきっと持っていたんでしょうね」と笑った。

 そんな会話を交わしたのは、ホンダウエルカムプラザ青山。チャンピオン争いを演じた青木治親を筆頭とするホンダアクセスの契約選手のパーティー会場だった。「パーティーが終わったら食事でもしようよ」という僕の誘いに、ホンダアクセスの契約ライダーではない彼がパーティー会場に駆けつけて来た。ライバル選手の飛び入り参加になってしまったが、司会者のいきな計らいで、檀上に立ってあいさつする盛り上がりとなった。

 パーティーが終わり、「やっぱり、誘わなければよかったかな。会場に来ていやじゃなかった?」と僕は聞いた。すると徳留は「そんなことないですよ。だって、みんな知ってますから」と言った。

 「みんな知っている」というのは、2連覇を達成した治親を最後まで苦しめたこと。ランキング2位だが、自分が最多の4勝を挙げていること。冶親を祝う席であっても悔しさはみじんもない。いちいち説明しなくても、自分の戦いぶりを知っている人たちの中にいるのは心地良かったというのだ。

 その半面、「レースのことも自分のこともよく知らない人に、今年のことを話す時は、チャンピオンになれなかった悔しさを味わう」とも言う。「それもこれも、イモラで塀の扉の鎖を切ってしまったからかなって思うときもあるんですよ」。「ええっ、本当かよ」と僕が驚くと、「冗談ですよ」と笑った。

 今季、4勝目を挙げたイモラで、僕と徳留は締め切られてしまったパドックの大きな扉のごっつい鎖を切っている。それは食事に出掛け、パドックのモーターホームに帰ってくる身重の岡田忠之夫人のためだった。「パーティー会場で岡田さんが、多分、男の子だって言ってました。もうすぐ生まれるんですね」。

 あの事件からちょうど3カ月。そんな思い出を振り返りなから、11月30日、徳留はテストのために再び、スペインへと飛び立って行ったのだった。

■1996年12月4日掲載