13年前のアメリカ珍道中
第337回
 捨てるに捨てられず、いろんな物を詰め込んだ段ボール箱が、僕の部屋にはいくつかある。引っ越しのたびにいろんな物が追加されていくので、中に何が入っているのかわからない。

 先日、そんな箱の整理をすることにしたのだが、開けてビックリ。10年以上も前の思い出の品がゾロゾロ出てきたからだ。中でも思い出深かったのは、僕がレースに出場していた時に、スポンサー獲得のために書いた手書きの企画書だった。1984年に書かれたものだから、26歳のころだ。ワープロなんかない時代。「私は、これまでにも増して、モー夕ーサイクルレースに打ち込んで行きたいと考えております」なんていう締めの言葉が、手書きの生々しさも手伝って、妙に照れくさかった。

 そして、何とも言えずにうれしかったのは、初めて海外遠征に出かけた83年、デイトナ200マイルに出掛けた時に買ったアメリカの地図帳が出てきたことだった。グランプリを転戦するようになって7年。今でも、行く先々で地図を買うのを楽しみにしているが、このころから地図を買うのを趣味にしている自分がおかしかった。そして、今から13年前の珍道中を思い出してしまったというわけなのだ。

 ニューヨークからフロリダまで、初めての海外だというのに無謀にもレンタカーで移動した。出発の日、車がパンク。早朝、ガソリンスタンドが開くのを待っていたらそこヘポリスが登場、ショットガンを突き付けられて「何をしている」。海外生活2日目にして遭遇したこんな事態に、気持ちがキリリと引き締まったことを思い出す。

 このデイトナ行きの旅は4人だった。そんな事件があって、それからはひたすら緊張しながら約2000km離れたフロリダを目指すことになった。

 夜になっても走り続けた。夜になるとさすがに怖いので、サービスエリアのトイレに入るのも4人で団体行動。しかし、それが逆に周りの人を驚かしたようで、僕たちがゾロゾロとトイレに入っていくと、中にいた人が慌てて出ていく。こっちも怖いけど、向こうも怖いという図式が妙におかしかった。

 あれから13年。アメリカに行ったのは意外と少ない。数えるほどしかないし、今ではアメリカの事情に一番うといような気がする。というのもデイトナビーチは、僕の記憶ではメキシコ湾に面しているはずだったのに、地図を見るとマイアミの上にあって大西洋側だったからだ。それにしてもあんなにドキドキした旅はなかったなあ。これだもの、長い間捨てるに捨てられなかったわけだと、段ボール箱を見ながら思ったのだった。

■1996年12月11日掲載
 ○・・・今回の記事を読んでいて、「段ボール」という言葉は、どうしてうまれたのだろうと思ったのだが、調べてみると、これが実に面白かった。詳しくは、全国段ボール工業組合連合会の「段ボールの歴史」を参照にしてください。