92年Round 7 カナダGP編
(92年6月19日掲載)
ジル・ビルヌーブ・サーキットに現れたプロスト(C)Chunichi
ジル・ビルヌーブ・サーキットに現れたプロスト(C)Chunichi
◆ Round 7 カナダGP
◆92年6月12〜14日 ジル・ビルヌーブ・サーキット
 ▽PP A・セナ(マクラーレン・ホンダ)
 ▽優勝 G・ベルガー(マクラーレン・ホンダ)

「マンセルだけが未だにそれを理解できていない」

 僕のカナダGPは、ひどい始まり方をした。僕はTF1の生中継に出演していた。セナのマクラーレン・ホンダの後ろで、彼がウオームアップとレースのスタートの間に、ほんの少しセッティングを変えたことを説明していたのだ。セナはトップスピードを上げるために、ウイングを少しだけ寝かしていたが、僕はそれを確認して満足していた。僕がセナの立場でも、同じようにやっただろう。

 こうして、マイクに向かって説明している時だった。僕は突然、だれかに2メートルくらいも突き飛ばされたのだ。メカニックの邪魔になっていたのだと、僕は考えた。でも、全然そうじゃなかった。犯人はロン・デニスだったのだ。ロンは、悪ふざけが成功したことに満足して笑っている。生中継のカメラは回り続けていたけれど、僕は彼の胃のあたりをめがけて、パンチで応酬した。すると彼は、僕のマイクとヘッドホンを取り上げてしまったのだ! 笑い転げながらの中継は、僕のキャリアの中でも最悪のものになってしまった。グランプリの世界では、解説者より、ドライバーの仕事の方が簡単だ。

 冗談はこれくらいにしておき、カナダでF1のマシンをドライブするには、驚くほど大きな勇気が要求される。他のどのサーキットよりも、ジル・ビルヌーブは危険だと、僕は思ってきた。おまけに、セッティングは単純なのだ。エンジンのトルクと、シャシーのブレーキング性能がカギになってくるこのコースでは、ドライバーは確実に自分のレースをコントロールすることが重要だ。レースのコントロール? これはマンセルにたずねてもらいたいものだ!

 またしても、セナの腕の冴(さ)えは、彼がリタイアしてしまうまで僕を感嘆させるものだった。彼の切り札はいったい何だったのだろう? 僕の考えでは、それはふたつあったと思う。ホンダのエンジンが大きく進歩したことと、現在のF1レース中にいちばん難しいのが追い越しだということを、彼はよく認識していることだ。彼の作戦は、ただ単純に、限界を超えない程度のペースを守り続けること。それによって、マンセルがいらだってくるのを、彼は知っていた。

 実際のところセナは、スタートで偶然マンセルの後ろについてしまった時のように、彼の神経を刺激する作戦を取ったのだ。セナほどの力があれば、これは逆のポジションの時に取れる作戦だ。マンセルの方はウィリアムズ・ルノーの性能を生かして、セナを抜くことしか考えていなかった。

 僕がモナコGPの後で書いたことは、みなさんも覚えていると思う。セナは、いつも完全無欠な印象を与える技術と方法を持っている。見た目には、彼は絶対にライバルの道をふさぐようなことはしない。ただ、ほんのわずかな道をあけるのだ。できれば、リスクの多いラインを……。マンセルはしっかりと、そのワナにはまった。そしてもっと悪いことに、修理できないほどマシンを傷めてしまったのだ。このシケインができて以来、あそこで追い越しをかけるために突っ込んでいったドライバーはひとりもいない。

 マンセルは本当にすばらしいチャンスをだめにしてしまった。あの後セナがリタイアしたことを考えると、10ポイントを獲得することすら可能だった。それに、チーム内の信用を今以上に固める機会も失われてしまった。彼は、チャンピオンのタイトルをもっと考えるべきだった。そうすれば、2位の6ポイントでも十分に歓迎されたはずだ。

 F1ドライバーにとって、勝利への渇望が唯一の存在理由であることは、僕にもよくわかっている。でも、世界選手権を戦う場合には、多くのことを考慮にいれなければならない。過去の苦い経験から、僕はそれを学んだ。セナもまた、そうだ。マンセルだけが、いまだにそれを理解できていないでいるのだ。結局、勝利はベルガーのものになったけれど、今回のは本物の勝利だ。去年の日本GPでセナからプレゼントされた勝利は、僕も計算に入れていないし、彼もそうだろう。マクラーレンで僕に代わって以来、ベルガーにはあまりにもセナの支配下に置かれたイメージが強かった。その彼が、ついに正当に勝利を飾ったのだ。

 このGP、シューマッハーを別にして、4人の若手ドライバーが目をひいた。アレジ、ヴェンドリンガー、コマス、それに片山右京だ。いつもは頭に血が上りやすいアレジも、ほとんどドライビングが不可能なフェラーリのマシンでどういうレースをすべきか、よく理解していたと思う。3位の表彰台はゼロよりずっといい。マンセルはお手本にしたっていいくらいだ。

 リジェ・ルノーもフットワーク無限も、すばらしいとはいえないマシンだったが、コマスは見事なスタートを切った。そして、160回出走のミケーレとすばらしい戦いを見せたのだ。ヴェンドリンガーは3ポイントを獲得したし、片山はもう少しで2ポイントを獲得するところだった。ふたりとも、非力なマシンをドライブしていたのに、これは注目すべき点だ。これらの若手ドライバーがル・マン24時間でどんな活躍を見せるか、僕は今から楽しみにしている。(訳・今宮雅子)

(次回はフランスGP編を掲載します)