92年Round 9 イギリスGP編
(92年7月16日掲載)
セナの浮かない表情はグランプリを追うごとに多くみられるようになった(C)Chunichi
セナの浮かない表情はグランプリを追うごとに多くみられるようになった(C)Chunichi
◆ Round 9 イギリスGP
◆92年7月10〜12日 シルバーストーン・サーキット
 ▽PP N・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 N・マンセル

「不幸な笑みを浮かべるセナ、チャンピオンの孤独だ」

 たとえ、コース上はマンセルの(退屈な)独走に終始したとしても、イギリスGPはさまざまな意味で多くの教えをもたらしてくれた。もし、強いてタイヤ交換をすることがなかったら、マンセルはすべてのドライバーを周回遅れにすることを目標にしていたと、僕は確信している。チームメートのリカルド・パトレーゼも含めての話だ。

 マンセルが抜きん出るのはこういった場面だけれど、彼がチームにおいて弱点をさらけ出すのもまた、こういう場合なのだ。マシンの調子が最高であるため、あるいは母国のグランプリを戦とうとするため、彼は憑(つ)かれたようになる。こうなると、マンセルはコントロールが効かない。彼自身でさえ、自分をコントロールできない状態になるのだ。ゴールまであと2周という時にファステストラップ。見事だけれど、無謀だとも言える。そしてナイジェルは、チームが彼をどう見ているのかを忘れてしまうのである。いずれにせよ、彼は現在のウィリアムズ・ルノー・チームの力がどれだけのものかを見せてくれた。

 これに関して、僕はフランスGPの後でも、ウィリアムズFW15とルノーRS4エンジンの話をした。けれど、シルバーストーンの土曜日の午後、FW14Bに搭載されたRS4が、すでに大きく改良されていることに気付いた。ものごとが、ものすごいスピードで進んでいくことが、読者のみなさんにも分かったと思う。僕個人に関することを言うなら、ごく近いうちに自分の決心を発表することが、ほとんど確実だ。おそらくドイツGPで。これで理解していただけると思う。僕は今のところ、フランク・ウィリアムズや、また、ルノーやエルフの友人たちにも非常に近いところにいるということだ。

 ところでシルバーストーンでのセナの発言には、ニヤリとしてしまった。もし僕が来年F1に復帰するとしたら、ウィリアムズ・ルノーとマクラーレン・ホンダの4人のドライバーのうち、ひとりは、大急ぎで他のチームのシートを探さなければならないとセナは言ったけれど、まったく彼の言うとおりだ。

 グランプリの話に戻るけれど、僕はパトレーゼを弁護したいと思う。TF1の放送中にも言ったが、たしかに、彼はマンセルより遅い。でも、それはほんのわずかな差であって、いずれにしろ、あれほど離されるような差ではない。パトレーゼの場合、ドライビングだけをみてはいけない。現在彼が置かれている状況や、92年シーズンの流れを考えることも必要なのだ。リカルドはウィリアムズ・チームにおいて、本当に息の詰まる思いをしているのだ。すべてがナイジェルを中心に回っている現状では、パトレーゼは自分の意思に反して、わき役に追いやられているのだ。というのは、ウィリアムズ・ルノーは世界チャンピオンのタイトルはもちろん、それをできるだけ早い時期に決めることを目標にしているからだ。

 ウィリアムズ・ルノー以外では、ベネトン・フォードが活躍した。1周の60%から65%でエンジンが全開状態になるこのサーキットで、フォードV8がホンダV12になぜ対抗できたか……それは、だれもが不思議に思うところだ。それには少なくともふたつの理由がある。燃費のいいエンジンを使っていることで、ベネトンは他のマシンよりおよそ20リッター少ないガソリンを積んでスタートした。つまり、およそ15kg軽い状態でグリッドに並ぶことができた。そして、レースの序盤、マシン加速時にも、この差は大きく影響したのだ。

 もうひとつの理由は、もちろんマクラーレン・ホンダの現在の不振にある。マクラーレンは何年ものあいだ、小さい技術的改革を慎重に続けてきた。多くの勝利とタイトルを手にしてきたのだから、これはとても効果的なやり方だったと言える。そのマクラーレンがまったく違うコンセプトに取りかかったのだ。それは新しいエンジン、新しいギアボックスの開発を伴うものだった。通常、エンジニアは2年から3年の計画で、まず新しいエンジン、シャーシ、それから付属的なもの、という順で仕事に取りかかっていく。

 F1を作っているすべての部分がまったく白紙の状態からスタートした今回のマクラーレンは、いい仕上がりとは言えないだろう。したがって、マクラーレンにはパズルを組み替える時間が必要になってくる。これは簡単なことではない。うわさで言われているように、ロン・デニスがいまだにホンダの将来に関する決定を知らないとしたら、なおさら難しいことだろう。僕はホンダが敗北したまま撤退してしまうなんて思わないが、だれにも言い切ることはできないのだ。ホンダのような大企業は、特にF1だけにしばられているわけにはいかないだろうから。

 もちろん、ロン・デニスにはルノーという解決法も残っているが一体どんな値段で? セナは、もしロンが具体的な計画を何も提示しなければ、1年間休むと言っているが、そう考えたドライバーは、彼の前にも何人かいた。いずれにしろ、僕はシルバーストーンのゴール時の、テレビ映像を心にとどめておくことだろう。不幸なほほ笑みを浮かべたセナが、ひと握りの友人にあいさつをしながら、ピットに戻ってゆくシーンだ。

 無名の、敗北した男の姿だった。そのすぐ横では、歓声にわく観客たちが、マンセルを祝福していた。僕も、このとてつもない悲哀といら立ちの気持ちを経験したことがある。それは将来をためらう、ワールド・チャンピオンの孤独だ。(訳・今宮雅子)

(次回はドイツGP編を掲載します)