92年Round 10 ドイツGP編
(92年8月1日掲載)
素晴らしいバトルがプロストの心に火をつけたのか。プロフェッサーはこの2カ月後、現場復帰の発表を行う(C)Chunichi
素晴らしいバトルがプロストの心に火をつけたのか。プロフェッサーはこの2カ月後、現場復帰の発表を行う(C)Chunichi
◆ Round 10 ドイツGP
◆92年7月24〜26日 ホッケンハイム・サーキット
 ▽PP N・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 N・マンセル

「セナの仕事は非の打ちどころがない」

 ドライバーとしては、僕はホッケンハイムのコースを評価していない。そのせいか、僕はここでは一度も優勝したことがない。コースはあまり面白くないし、選択もほとんどない。それに、主催者からなおざりにされ第2シケイン周辺の路面はひどいものだ。

 だが、このグランプリが新鮮味を欠いた退屈なものになると考えたのは、間違いだった。本当に、最初から最後まで見ごたえのあるレースだった。マンセルはまたひとつ勝利を加えた。彼は、伝統的なサーキットに比べて、このコースではアクティブサスの効果が少ないと不平をもらしたようだが、ウィリアムズ・ルノーの安定した性能はまたしても明らかになった。

 でも、僕はナイジェルの今回の勝利がすばらしいものだとは書けない。タイヤ交換後、セナの後ろでいらだった彼は、大きなミスを犯した。シケインから大きく外れ、コースサイドに突っ込む可能性もあったのだ。それでもおかしなことに、僕の考えでは、それによって彼は思ったより早くセナを抜くことができた。実際、シケインでコースの限界を定めているパイロンから飛び出した彼は、シケインを通過するよりほんの少し早めに加速することができ、マクラーレンの前に出ることができたのだ。僕は、正式なコースを守らなかったという理由で、これがペナルティーに値する行為かどうか考えていた。レースが終わった後、僕はロン・デニスに質問してみた。マクラーレン・チームは、ウィリアムズ・チームに抗議を唱えたのだろうか?

 「僕に言わせると、フェアプレーとは言えないんだ」こう答えて、彼は続けた。「でも、FISAの決定がいつも一定しているかどうかはわかるだろう。89年に君がチャンピオンになった時のことは覚えているだろう? 鈴鹿のシケインを、セナが通過しなかったからだ」

 ロン・デニスの言ったことは、要約するとこういうことだった。

 FISAは最終的に、これはレース中にあり得ることとして処理したが、マンセルは本当に危うい立場にあったのだ。ゴールでは、セナは彼の4、5秒後ろに来ていた。10秒のペナルティーが科せられれば、レースの結果は変わっていたのだ。

 セナに関しては、僕は今回も彼がすばらしいレースをしたことを強調しなくてはならない。一度もあきらめようとしなかった、彼の仕事は非の打ちどころがない。柔軟なドライビング、完ぺきな作戦、戦略的なタイヤの使い方……その上、芸術的ともいえる比類のないプロ意識で、彼はマンセルとパトレーゼがミスを犯すまでに追いやった。マンセルに関しては重大な結果にならなかったが、パトレーゼはそのためにリタイアした。

 僕の考えでは、セナは切り札を持っていた。ホンダのエンジンである。ホッケンハイムでは、ホンダV12はものすごくコンペティティブだということを証明したのだ。それは外見でもわかることだった。マクラーレンの2台だけは、他のマシンより大きなウイングをつけていたからだ。少なくとも、ライバルたちのほとんどの水平なウイングに比べて、彼らのウイングは立てられていた。

 シルバーストーンとホッケンハイムでは、ホンダの将来に関する悲観的なうわさを、僕も何度も耳にした。こんなにいいエンジンでこんなに正しい方向に向かっている時にレースをやめてしまうとしたら、ホンダにとっては本当に残念なことだ。

 逆にシャーシに関しては、マクラーレンはまだまだやるべきことが多い。ある程度のグリップを得るために、あんなにウイングを立てなければならないというのは、現在のMP4/7がもともとダウンフォースを欠いていることを証明している。その証拠に、たとえばベネトンと比べてみよう。ルノーよりパワーの小さいフォード・エンジンで、しかも1周の70%でエンジンの最高回転を維持しなければならないサーキットで、シューマッハーは長い間パトレーゼに抵抗した。この点に関して、ベネトン・フォードは、マクラーレン・ホンダとまったく逆の状態だと言っていいだろう。

 レース後、僕は友人であるアレジともしばらく話し合ったが、彼はとても失望していた。またしても、彼はタクシードライバーのようなレースを余儀なくされたのだ。フェラーリの選択はいつも同じだ。他のトップチームから遅れている時、競争力を欠いたフェラーリは、いつも信頼性にかけることになる。予選用のエンジンでは、ジャンはある程度の競争力を手にしていた。でも、レースで成績を残すため、フェラーリはフランス人関係者が“鈍馬”と呼んでいるエンジンをジャンに与えたのだ。丈夫でレース距離を持ちこたえることのできる大きなエンジン、でも、性能は足りない。ジョン・バーナードのスクーデリア復帰は、チームに活を入れ、アレジの成績は良くなることだろう。

 最後は、ホッケンハイムで大きなうわさになった話題。僕の93年だ。ジャーナリスト、特にフランスとイギリスのジャーナリストたちは、いつも実利主義的な考え方をする。彼らは僕に同じ質問をあびせた。

 「アラン、ホッケンハイムの後、1週間か10日間バカンスを取っても、プロスト復帰の原稿を書くために編集部に呼び戻されることはないかい?」

 「1週間か10日間なら大丈夫。でも、それ以上はだめだよ」僕は彼らにそう答えた。(訳・今宮雅子)

(次回はハンガリーGP編を掲載します)