92年Round 15 日本GP編
(92年10月29日掲載)
主役はいずれも消え、表彰台はパトレーゼ(中央)、ベルガー(左)、ブランドルの“副官トリオ”が独占した(C)Chunichi
主役はいずれも消え、表彰台はパトレーゼ(中央)、ベルガー(左)、ブランドルの“副官トリオ”が独占した(C)Chunichi
◆ Round 15 日本GP
◆92年10月23〜25日 鈴鹿サーキット
 ▽PP N・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 R・パトレーゼ(ウィリアムズ・ルノー)

「FW14Bはまだ大きなアドバンテージがある」

 日本GPには足を運ぶことができなかった。鈴鹿が好きじゃないから、というわけではない。ただ、フランス−日本という長距離を往復するぜいたくを、自分に許すことができなかったのだ。というのは、グランプリの翌週にはイモラで3日間、そしてポールリカールで3日間のテストを控えていて、僕はそのために体調を万全に整えておかなければならなかったからだ。それでも、僕はTF1のパリのスタジオから日本GPを解説し、リカルド・パトレーゼの勝利を祝福していた。実際この勝利は、いつもマンセルの陰に隠れていたリカルドの仕事に対する、本当の褒賞ということができるだろう。

 確かに、NO・2ドライバーとしての契約によって、マンセルを助ける役目に回らなければならないことは彼にもわかっていたことだ。でも91年から92年にかけてのシーズンオフ、アクティブ・サスペンションのテストの大半を担当したのがリカルドとデーモン・ヒルであることを忘れてはならない。また、この契約をまったく正直に守ることによって、彼はウィリアムズ・ルノー・チームの平穏な雰囲気に大いに貢献した。そしてこれもまた、マンセルとチームのタイトル獲得という成功の、大きな要素なのだ。

 リカルドは僕たちドライバーのだれより先輩で僕にとってもシンボルであり、自分の仕事に情熱を持ったグランプリ・ドライバーの典型のような存在だ。F1の象徴とも言える顔がレースを制するのを見るのは、うれしいものだ。

 マンセルのレースについては、僕はいくつかの点を観察していた。まず最初に、彼はスタートでパトレーゼの方にマシンを寄せた。これは90年ポルトガルGPで彼が僕に対してしたことに少し似ている。ナイジェルはいつも突飛な行動をとるけれど、彼がリカルドを勝たせようと決めていただけに、今回のはますます突飛な行動だ。でも理由は単純、ナイジェルが勝利を譲るためには、リカルドがスタートでトップに立ってはならなかった。彼の行動はいつもこんなふうに複雑なのだ。

 リカルドにトップを譲ってからのナイジェルの行動についても、批判することができる。あんなに至近距離でリカルドのマシンについていくのが、理想的な行動だとは、僕には言い切れない。まず第1に接触の可能性が必ずあるわけだし、第2に他のマシンのすぐ後ろにいると、ラジエーターの冷却効果がとても悪くなるからだ。結果として、彼がウィリアムズ・ルノーの1、2フィニッシュを固めるのに必要なすべてをやったとは、言えないだろう。

 逆に、エンジン・トラブルに関しては、彼を非難するつもりはない。たぶん、彼はグージェルミンのマシンの破片の犠牲になったのだろう。マシン全体の性能に関しては、よほどのことがない限り、鈴鹿ではだれもウィリアムズ・ルノーとマクラーレン・ホンダに対抗できないことはわかっていた。実際、ベネトン・フォードでさえ、おそるべきロータスに脅かされている状態だった。けれどウィリアムズとマクラーレンの間では、話は別だ。鈴鹿ではホンダが毎年すばらしい力を発揮してくる。僕はウィリアムズ・ルノーのために心配していたくらいだ。セナはすぐにリタイアしてしまったけれど、それはハプニングでしかなかった。ベルガーが残っていたからだ。

 それでも彼が11周走っただけでタイヤ交換したのを見た時、僕はすぐに状況を理解した。今回もまた、ウィリアムズとマクラーレンのシャシーは比較のしようもなかったのだ。FW14Bはライバルに対してまだまだ大きなアドバンテージを保っている。グルイヤールとグージェルミンのコースアウト、ガショーの大きなミス以外で僕の目を引いたのは、ジャン・アレジのレースだった。彼がジャーナリストの前では機嫌のいい顔をして満足げな様子を見せなければならなかったのは僕にはわかる。でも心の中では、スクーデリアの大部分の人間が5位の結果を喜んでいるのを目にして、ジャンは激怒していたに違いない。フェラーリのような名のあるチームが、これっぽちの結果に甘んじているのなら、いらだちを感じざるをえない理由があるのだ。

 このチームを立て直し、やる気を起こさせるために、ルッカ・ディ・モンテゼモロにはまだ時間が必要だろう。スクーデリアの場合、これは簡単なことではない。マクラーレンとホンダ、ウィリアムズとルノー、ベネトンとフォードのように、シャシーのスタッフとエンジンのスタッフの間には、常にある種の競争心が存在する。フェラーリは、同じ会社の中。その操作方法を決定するのは、とても複雑な仕事だ。

 日本GPの結果を見て読者のみなさんはどう考えただろう? 僕がこんなことを聞くのは、今回の結果が、“副官の表彰台”だと言った人間がいたからだ。マンセルの副官・パトレーゼ、セナの副官・ベルガー、シューマッハーの副官・ブランドル。リカルド、ゲルハルト、マーティンに対するこの形容は、はずれてはいないだろう。でも彼らは何より、彼らの表彰台にふさわしいドライバーなのだ。

 テレビ映像を前にして、僕は最後にこう気づいていた。鈴鹿はすばらしいサーキットだ。すばらしいサーキットであると同時に、おそるべきサーキットでもある。つまり、フォーミュラ1に必要なすべてが、ここにはあると言うことだ。(訳・今宮雅子)

(次回は最終戦オーストラリアGP編を掲載します)