WGP日本GP特別編(1)
日本グランプリを経験して大化けなるか?!佐藤励の走り(赤松孝撮影)
日本グランプリを経験して大化けなるか?!佐藤励の走り(赤松孝撮影)
 ロードレース世界選手権(WGP)第15戦日本GP(16日決勝)が、14日から開催されます。モトGPは、タイヤがミシュランに変わり、共通ECU導入と様々な要因が絡み合って、今シーズンで8人ウイナーが出るという例年にない驚きのレースが続き、ツインリンクもてぎでも観戦に熱が入りますね。

 この大会にワイルドカードで参戦するライダーも、例年にない顔ぶれが揃いました。この参戦資格を得るのは、全日本ロードレース選手権第5戦SUGO大会終了時の各クラスのランキング上位2名が対象となります。資格があっても参戦の意志表示がなければ、下位のライダーに権利が移ります。JSB1000はランキングトップの中須賀克行(ヤマハ)、JGP2はランキングトップの浦本修充(スズキ)と2位の関口太郎(ホンダ)がモト2。JGP3はランキング4位の佐藤励(ホンダ)とランキング8位の岡崎静夏(ホンダ)がモト3参戦決定。更にFIM・CEVレプソル国際選手権モト2に参戦している長島哲太が参戦します。

 日本GPまで、スポット参戦する彼らのことを紹介して行きたいと思っています。

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 まずは、モト3の佐藤選手。2000年生まれの16歳で、まだ高校2年生。今季から41Planningに所属、宇井陽一の元で走りはじめました。彼のゼッケンが41なので、注目していたライダーです。

 41は宇井が愛用していたナンバー。宇井は1995年に全日本ロードレース選手権GP125でチャンピオンに輝くと、翌年からWGP125ccクラス参戦。何度も勝利を挙げ、タイトル争いを繰り広げました。2000年2001年と世界ランク2位。そのマシン開発能力の高さでも有名で、欧州のメーカーから信頼を得て、大事にされた数少ない日本人ライダーです。2006年に帰国しチームを立ち上げ、後進の指導をし、アジアロードレース選手権に出かけるなど、広範囲な活動でレース界を支えています。さらに現在もライダーとして全日本ロードレース選手権にスポット参戦。昨年はポールポジションを獲得するなど、その速さは現役級です。

 その宇井が「こいつは速くなる。育ててみたいと思った。気に入ったのは、負けず嫌いなところ。技術面は、後からついてくるし、教えることができるが、気持ちは教えられない。奴はそれを持っている」と抜擢。宇井は故富沢祥也や、伊藤勇樹らの才能を引き出したことでも知られており、ライダーを見る目も確か。その宇井のバッグアップを受け、全日本ロードレース選手権参戦1年目からワイルドカードで日本GP参戦のチャンスを掴んだのです。それだけで「持っている」と思わせてくれる逸材。

 佐藤のスタートはカート。カートをやっていた従兄の影響で走り初め、5歳で出たレースで「勝ったんです。みんなが褒めてくれて、喜んでくれた」と、鮮烈な体験は彼の心に大切に残っています。その後、カートからバイクにスイッチ。それでも、まだ親子での楽しみの域からは出ることがありませんでした。レース以外に、水泳も野球もサッカーも経験していきましたが、「レースほど夢中にはなれない」と気が付き、レースに邁進することになるのです。

 「僕の1番のスポンサーがおじいちゃん、支えてくれるのは父、チャンスをくれた宇井さん。もちろん、おばあちゃんも母も弟もみんなが応援してくれている。一番厳しいのは祖父で、だらしない結果だと『やめちまえ』って怒鳴られる。その毎に『やめられない」と思う。今おじいちゃんは、ちょっと病気。日本GPで僕が頑張っているとこを見てもらって元気になってほしい。カートはガツガツ当たるのが当たり前で、そのへんの強さを出したい。取り柄は気持ちだって言われているので、気持ちだけは負けないで行く」

 トレーニングは、メンタルを鍛える意味もあって、真剣に殴り合うボクシング。身長も2年前から13cmも伸びて今は169cm。なんでも吸収できる若さで、日本GPの大舞台で大化けするかも知れません。結果なんて気にせずドーンとWGPライダーの胸を借りて成長してほしい。16歳の高校生ライダーの挑戦を応援してあげてほしいと思うのです。