ルコォ・ヤニックさんとムジィブ・ディオクさんのツーショット
ルコォ・ヤニックさんとムジィブ・ディオクさんのツーショット
 2016年〜17年世界耐久選手権(EWC)第2戦ルマン24時間耐久レースの取材に出かけることになりました。昨年の開幕戦ボルドール24時間耐久に続き、取材させてもらえるのはとてもありがたいなと思います。ボルドールで出会った人たちとの再会も楽しみのひとつ。

 印象深かったのはフランスのヴィルタイスチーム。2014年にはボルドール24時間耐久のストッククラスで2位に食い込んだ実力あるチームです。このチームの母体はフランスの施設。行き場を失った人たちを保護し、再生への手助けをしているところだそうで、年間3000人もの方が訪れるそうです。チームの監督はこの施設の所長、ルコォ・ヤニック(48歳)さん。

 ルコォさんは「レースを通じて、人間同士が結びつき、何かを成し遂げることができるのだということを知ってほしい」と2003年にレーシングチームを設立。50ccバイクの耐久レース参戦から始まり、それが600ccになり、国内選手権に参戦、2009年にはチャンピオンを獲得。そして、ルマンやボルドールの24時間耐久参戦をするまでになりました。

 入部希望者は誰でも参加可能。まず入部したら挨拶、そして、相手にリスペクトを示すことを教えるそうです。役割を与えられ、誰かの役に立てることを実感できます。レースに目覚めてライダーとなった人や、整備が好きになってメカニックになり、巣立つ人も出ています。 

 ルコォさんが最も印象に残っているのは、セネガルからきた20歳のムジィブ・ディオクさんが、フランスの移住権を獲得できたことだそう。彼は子供の頃に両親とフランスにやってきますが、親の離婚を機にひとりになり、この施設にやって来ました。
 施設でのレース活動を通じて整備を始め、これを職業とすることを決意。熱心な働きぶりがまわりに認められました。ルコォさんは「なんとか彼に居場所を作ってあげたかった。移住権を得るの2年かかった。何度も役所に出向き、お願いをしたんだ。もうすぐで国外退去されそうになったが、やっと許可が下りた。市長直々に証明書を渡してもらえたんだ。嬉しくて涙が出た」と言います。

 ムジィブさんは「フランスに来て、自分が何をしていいのか、どこにいていいのか分からなかったが、レースに出会い、僕の人生のドアが開いたように思いました。そして、移住権をもらえたことで、世界は大きく広がりました。ルコォさんは僕の恩人です」と語ります。

 移住権を獲得するまでの苦労は、私たちの想像を絶し、聞いている方は涙がこみ上げてくるほど。厳しいハードルだったのだろうと胸がいっぱいになり、思わず「おめでとうございます」と声をかけたら、ふたりは当時を思い出すかのように「本当に良かった」としみじみとしていました。

 ムジェブさんは「レースが大大大好き!今はチーフメカニックになれるように頑張っている」と瞳を輝かせます。ルコォさんは、施設から巣立った若者たちから自分の子供の名付け親を頼まれることも多く、本当に父親のような存在。レース活動は今後も続けたいと語ります。

 このチームを支えているのはフランス企業、ミシュランを始め、支援企業はレース関連だけでなく多岐にわたり、レースに参加した彼らの雇用の相談にも乗ってくれるそうです。この試みは、フランス国営テレビでもドキュメント放送され、多くの人に知られています。ルコォさんは「この施設が海のそばだったら、マリンスポーツをしていたかもしれない。レースはきっかえに過ぎない」と言いますが、レースが若者たちの再生への手助けになっていることは間違いないこと。ちょっと誇らしい気持ちになったのでした。また、ルマンでも、素敵なチームを見つけてお知らせしたいと思っています。