スタッフには健輔をヤマハに引っ張ったヤマハOBの平野氏が瑛大のために参加。51ガレージのチーフメカニック加々見氏がサポート。ヘルパーの林かおりさんは、予算ひとり200円で美味しい昼食を用意するのなど、それぞれのスタッフの思いが詰まったあったかいチームでした。
スタッフには健輔をヤマハに引っ張ったヤマハOBの平野氏が瑛大のために参加。51ガレージのチーフメカニック加々見氏がサポート。ヘルパーの林かおりさんは、予算ひとり200円で美味しい昼食を用意するのなど、それぞれのスタッフの思いが詰まったあったかいチームでした。
 オフシーズン振り返り企画第9回目は、2017年のアジアロードレース選手権(ARRC)最終戦、タイのブリラム、チェーン・インターナショナルの話題が続きます。今回は芳賀健輔監督、アドバイザーに「51ガレージ チームイワキ」のオーナー兼監督の宗和孝宏、ライダー芳賀紀行(SS600)、シーズン途中から芳賀瑛大(AP250)が参戦しアジアを舞台に戦い続けた「K−max Racing Team」のお話です。

 芳賀兄弟、宗和は、ワークスを経験したトップライダーたち。彼らは「自分の経験を後進に伝えたい。若手ライダーに海外参戦のチャンスを」という思いで結びついた3人でした。

 芳賀兄弟は、バイク好きの父親の影響でバイクに乗り始め、健輔はヤマハワークス入りし、エースライダーとして活躍。紀行はプライベートライダーとして苦労もありましが、その才能はヤマハで開花するのです。芳賀兄弟は揃ってワークスライダーとなり、世界への夢を追い掛けていました。1996年に紀行が鈴鹿8時間耐久ロードレース優勝を飾り、翌年には兄弟参戦が実現して鈴鹿8耐に挑み、リタイヤに終わりましたが、大きな注目を集めました。
最終戦で紀行は車いすに装着するエンジンを健輔にプレゼント、健輔は自由に動き回りながら「また、紀行が風を感じる時間をくれた」とコース脇に出かけ熱心に走りを見つめていました。
最終戦で紀行は車いすに装着するエンジンを健輔にプレゼント、健輔は自由に動き回りながら「また、紀行が風を感じる時間をくれた」とコース脇に出かけ熱心に走りを見つめていました。
 1997年、全日本ロードスーパーバイクチャンピオンに輝いた紀行は、1998年スーパーバイク(SB)世界選手権参戦開始します。そして、全日本GP250クラスで活躍していた健輔は、その穴を埋めるように全日本ロードスーパーバイクにスイッチ。ですが、終盤戦、事故が起き、車椅子の生活を強いられることになります。翌年からはロードレース世界選手権最高峰クラスへの参戦が内定していた健輔は、失意に沈みます。

 紀行は、その才能を開花させ、欧州でブームを巻き起こしていました。デビューシーズンからトップ争いを繰り広げて勝利を挙げる紀行の走りは、速いとか、強いとか、これまでのライダーの形容では言い表せない魅力あるもので、ライバルを翻弄するその走りで一時代を築くのです。愛称は「ニトロ(※ニトログリセリンの略)ノリ」ですから、その破壊力が伝わるはず。あのシューマッハがファンだというのは有名な話で、歴代のチャンピオンたちが、紀行の才能を称賛し、認めていました。
 その弟の活躍を、健輔は応援していました。イタリアのムジェロサーキットを訪れた健輔は、紀行の運転するスクーターの前に座り、ふたりは無言でサーキットを疾走しました。健輔は「風を感じたのは、本当に久しぶりなことだった」と言います、何をしていいのか、模索し続けた健輔は、2005年に「やっぱりバイクに関わっていたい」と名古屋に「K−MAX」というバイク屋をオープンします。メーカーにこだわらずにバイク好きが集まってほしいとの願いから、どんな相談にも乗り、整備にも積極的な店として地元で愛されるようになります。

 そして次のステップは、レーシングチーム結成でした。ミラノ在住の紀行、名古屋の健輔、そのふたりを東京にいる宗和が繋ぎます。ターゲットはARRC。マシンは古巣のヤマハ車を選択します。途中から紀行の長男・瑛大も加わり、彼らは戦い続けました。健輔も宗和も「紀行の才能を引き出す体制を作れなかった」と無念さを抱えることになるのですが、紀行は与えられた環境の中で懸命なトライを重ね、途中参戦となった瑛大は、まだレース初心者で、紀行の息子という重圧もある中で、確実な成長を見せたのです。

 健輔は「チームの挑戦は始まったばかり」と語り。宗和は「スーパーライダーの紀行と戦う経験ができ、自分のチームに生かすヒントをたくさんもらった」と言います。紀行は「まだまだ、走り続けたい」と前を向き、瑛大は「最近になって、親父のすごさがわかるようになった」と語り、父が成し得なかった「世界チャンピオン」が目標だとはにかむように言いました。今季はイタリア選手権に活躍の場を移して、「K−max Racing Team」の挑戦は続くようです。