2018年WGP日本GP特別コラム(3)
 「2018 FIM MotoGP世界選手権シリーズ第16戦MOTUL日本グランプリ」(10月19〜21日、栃木県ツインリンクもてぎ)では、2014年の青山博一以来となるモトGPフル参戦の日本人ライダー、中上貴晶(26歳・ホンダ)に注目が集まっています。日本のファンにとっては、中上が生でモトGPを操っている姿を見る絶好の機会です。上位進出にも期待が高まります。

 そして、ロードレース世界選手権(WGP)モトGPもてぎでのレースとと言えば、ファンの記憶に鮮明に残るは、2004年、玉田誠(ホンダ)が首位でチェッカーを受けたことでしょう。息詰まる緊張感から解き放たれて、スタッフたちが大きなガッツポーズ、観客の熱は絶好調、プレスルームでは、日本人プレスがスタンディングオベーションです。カメラマンたちは、玉田、バレンティーノ・ロッシ、中野真矢(カワサキ)が並ぶ表彰台を撮り逃すまいと、バタバタと駆けつけます。気温が2〜3℃は上がったかと思うほどの熱気が、ツインリンクもてぎを包み、熱狂が渦巻くというのは、こういう状況なのだなと、熱に浮かされたように思ったことを覚えています。
 2003年、WGP開幕戦日本GPで天才ライダー・加藤大治郎をアクシデントで亡くしたレース界は、深い悲しみに沈んでいました。同じチーム高武出身、年齢も同じ玉田は、本当に仲が良く、いつも一緒にいました。

 「大ちゃんより速いライダーを自分は知らない。ロッシなんて目じゃないくらいにすごい。それを証明するのは、自分が勝つことだ」と話していました。自分の前には大治郎がいる。だから、自分が勝てば、大治郎のすごさを示すことができるのだと、見えない背中を追いかけ、玉田はモトGPデビューシーズンである2003年を戦いました。
 そして2004年7月4日、大治郎の誕生日にマックス・ビアッジを下し、第7戦ブラジルGPで初優勝を飾ります。この勝利に、涙を抑えることができませんでした。

 その後、第12戦日本GPで玉田はポールポジションを獲得します。しかし決勝レーススタート直後、多重クラッシュの波乱を冷静に回避したロッシが前に出ます。

 玉田はファステストラップを叩き出しながらロッシに迫り、5周目のダウンヒルストレートでついにトップに立ち、独走優勝を飾りました。この玉田の2勝目には「やったぁ〜」と笑顔のガッツポーズで祝福。中野もマルコ・メランドリとの争いを制して3位に入りました。
 このレースをサーキットまたはテレビ観戦していた今20歳前後の若手ライダーたちから、「玉田さんに憧れてライダーを目指した」「モトGPライダーになりたいと思った」といった声をよく聞きます。

 玉田は懸命に勝利を求め、がむしゃらに走っていただけで、未来のレース界のことを考えていたわけではないと思います。ただ、彼の活躍が、今のライダーたちの胸に刻まれ、才能豊かなライダーたちをレース界へとつないでくれたのです。
 あの当時、モトGPには5人の日本人ライダーがレギュラー参戦し、日本人同士の熾烈な争いも見どころでした。しかし現在、モトGPライダーになるということが至難の業で、だからこそ中上には、視線が集中し、期待という重圧がのしかかっています。でも、チャンスを掴んだものしか味わうことのできない緊張感を武器に、何よりも自分が納得できる走りしてほしいと願っています。私たちは声援という暖かいエールで中上の背中を押したいと思っています。