写真/赤松孝
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 今年、ロードレース世界選手権(WGP)でダニ・ペドロサのライダーとしての姿を見ることはないのだなと思うと、不思議な気持ちになります。13年もの間、トップライダーとしての地位を守り通してきた稀有なライダーであることの証明のようにも感じます。無冠なのに、こんなに長くホンダワークスライダーの地位を守ったライダーは他にはいません。勝利が至上命題であるホンダワークスで、そのポジションをキープしてきたダニは、それだけ愛され、期待され続けたライダーだということです。

 ホンダスカラシップからWGPに参戦を決めた青山博一の最初のチームメイトがダニでした。青山は「ダニは、クラッシュしてカウルを引きずりながらも勝ってしまうんだ」と言い、WGPにいる強者の洗礼を受けていたのが印象的でした。「アルベルト・プーチとダニに出会い、その後のレース人生のための多くを学んだ。ダニの才能はこれまで出会ったライダーの中でも最高のもの」と称賛しています。ダニは、スペインが生んだGPドリームの申し子だったんじゃないかなと思うのです。
写真/赤松孝
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 日本人が1970年代から80年代、遠く欧州で繰り広げられるWGPの熱戦に胸を焦がしていた頃、活躍するのは日本メーカーのバイクなのに、それを操るのは海外選手。「いつか日本人が日本のバイクを駆って、世界一になってほしい」と夢見たレース好きの親たちが、ポケットバイクに子どもたちを乗せ、子どもたちは来る日も来る日も鍛錬に明け暮れ、その子たちが成長して日本人が活躍したのが1990年代から2000年代。

 スペインでも似たような焦燥感が生まれ、いつかスペイン人が活躍することを夢見て、ライダー育成に乗り出すのです。

 1999年、スペインの大手通信会社・テレフォニカが支援するスペイン人グランプリライダー養成プロジェクト(モビスター・アクティバ・カップ)に応募したダニは、2000年より監督アルベルト・プーチの率いるチームからロードレーススペイン選手権にデビューしました。引退会見の時に「僕は本当に小さくて、あんなに多くのライダーがいる中で自分が選ばれるとは思っていませんでした。その時からここまで来られたということは、本当に素晴らしいこと」と語っています。

 スペインの育成プログラムの期待を背負い、それに応えようと、ダニは登りつめていったように思います。その小柄な身体でモンスターマシンを操る姿に、どうしたらそんなふうに走れるのだろうと、ファンに驚きと感動を与えてきました。どうしてあんなことができるのか?と質問した時、ダニは「簡単ではないけど、すべてはバランス。いろいろな要素を感じて操るんだ」と答えました。
写真/赤松孝
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 ホンダを代表するライダーであり、日本への愛着も強く「映画や本の影響もあって、侍の存在に惹かれた」と侍をヘルメットに記していました。ニッキー・ヘイデン、バレンティーノ・ロッシ、ケーシー・ストーナーやマルク・マルケスのチームメイトとして走り、強烈な個性を放つライダーと比べられながら「自分は派手なパフォーマンスもできないし、静かに過ごすことが好きなんだ」と寡黙な姿勢を貫きました。

 数々のホンダの名車に乗り、その遍歴を体感してきたダニは、バイクの変化について「ライダーに合わせてマシンのセットを詰めていく調整方法から、マシンにライダーが合わせて乗りこなしていく調整方法に変化してきたように思う」と語っていました。

 マシンとのマッチングが上手くいったときの速さは特筆もので、独走で勝利する印象でしたが、近年では、バトルで競り勝つレースもあり、魅力が増していたように思います。それなのに、引退を決断したことに惜しむ声が多く聞かれました。

 引退は、ホルヘ・ロレンソに押し出されたような印象がありましたが、それは否定していました。「引退しようと思ったのは自然な心の流れだった」と特別なきっかけはなかったと言います。
 ダニに、あなたのように小柄でハンデがあるかもしれないと思っているライダーにアドバイスをとお願いしたら「自分を信じることだ。周りの言葉に左右されず、自分の信じることを懸命にこなしていけば道は開ける」と語りました。その言葉通りにダニは、歩んできたのだなと思いました。

 今、WGPではスペイン人が大活躍。バレンティーノ・ロッシが、イタリア人ライダー育成に乗り出し、イタリア人ライダーも頭角を現し始めています。日本人もタレントカップの卒業生たちがWGPに飛び出し始めました。ダニが、スペインの期待を背負い、WGPで存在感を示し続けたように、時代の空気は、レースを愛する人たちの願いや思いで、大きく動くのだと思います。ダニは、スペインの空気をまとい、時代を動かした代表選手。彼は、ドルナ(WGP運営団体)からレジェンドに選出されました。ダニのいないシーズンが、もうすぐ、始まります。