チームサワヤカの面々
チームサワヤカの面々
 先日、といってもだいぶ前ですが…。スーパーGTのGT500クラスで3度のチャンピオン獲得、スーパーフォーミュラでは4度の王者に輝いた本山哲の「中締めの会」にお邪魔してきました。彼の仲良しグループ「チームサワヤカ」主催の会で、トップライダーの武田雄一が中心となり、亀谷長純らがお手伝いしていました。

 「チームサワヤカ」は、本山と故加藤大治郎(大ちゃん)、武田、亀谷らが幼少のころから走っていたサーキット秋ヶ瀬の仲間で結成、彼らが未来に羽ばたこうとしていた頃、一緒にグアムトレーニングに出かけた2000年前後くらいから名乗り始めたようです。本山と加藤が同じマンションに暮らし、4輪ドライバーも同じマンションにいたこと、玉田誠が近くに住んでいたこともあって、2輪4輪との交流が盛んになり、学生のサークル活動のようにみんなが同じ時間を過ごしていたのです。あの頃、あのマンション付近でモータースポーツ界の才能が一堂に会していたように思います。
本山のほほにキスする玉田
本山のほほにキスする玉田
 でもどう考えてもグループ名の「爽やか」は彼らに似合わないような気がして、「どうして爽やかなの?」と聞いたことがあります。しかし、誰も明確な答えはなく、「なんとなく」という返事しか無かったのですが、先日、大ちゃんが「グアムの空がさわやかだ」と言ったことが始まりだと判明しました。

 本山はもともとポケットバイクが始まりで、途中でカートに移り、2輪仲間と離れるのですが、「秋ヶ瀬から車で別のコースに出かける途中で橋を渡るときサーキットが見えて、みんなはあそこにいるのにと思って、ちょっと、寂しかった」と聞いたことがあったので、成長して集まる機会が増えで、良かったなと思っていました。

 あれから、時は流れ、本山は昨季限りでスーパーGTを退く決断をし、ひとつの区切りをつけたことで、今回の「中締めの会」が開かれました。本山は「完全な引退ではなくて、何を言っていいのか分からないけど。でもチームサワヤカはトレーニングよりも、一緒に遊んでいることの方が多くて、今まで一緒にいてくれた仲間に感謝。またこれからもよろしく」と挨拶しました。

 乾杯の音頭は脇坂寿一で、「19歳の時に道上龍の店でカートを始め、その店にジャパンカート特集の本があり、そこに『神童現る』と特集されていたのが本山。道上と本山、このふたりに勝ちたくて走ってきた。簡単に勝っていたら、すぐに飽きて、満足して辞めてしまっていたかもしれない。でも簡単ではなかったから、今、自分はここにいる。今の自分があるのは、本山のおかげ。だから本当に感謝している。いつか一緒に組んで走りたい。素晴らしい本山に乾杯!」とグラスをあげました。

 私の取材は2輪中心なので、“本山の哲兄ちゃん”とみんなに慕われている姿の方が、ドライバーの印象よりずっと強かったのですが、この言葉を聞いて、ライバルらを本気にさせた本山は、本当にすごいドライバーなのだなとずっしりと実感したのでした。

 本山は「(武田)雄一から『この日を空けておいて』と連絡が来たけど、それ以来音沙汰なしで、きょうの場所と時間を教えてもらったのは、直前だった。まったく」とブツブツ言っていましたが、みんなの顔を見て照れ笑い。2輪4輪の仲間が集まり、わいわいがやがやと楽しい会でした。

 締めは玉田が「これからも楽しくやりましょう」と挨拶。笑顔の撮影のときに玉田に「本山君にチューして」とリクエストしたのは、私です。(注:ふたりは特別の関係ではありません)
 あの時、大ちゃんを失った玉田の心の穴を埋めてくれたのは、本山だったと思います。本山の心の隙間も、玉田が埋めていたようにも思うのです。大ちゃんに負けないようにと世界を目指し踏ん張っていたふたりでした。

 本山は鈴鹿10時間耐久、富士24時間耐久への参戦を表明し、新たな道を歩み始めました。武田は全日本チームのアドバイザーとして、亀谷は若手ライダーの先生として、玉田はアジアロードの監督として、采配をふるっています。この会をきっかけに、「チームサワヤカ」の活動がまた活発になり、モータースポーツのこれからを支えてくれそうだなと感じることが出来た会でもありました。