全日本ロードレース選手権と併催で行われるJP(ジャパンプロダクション)250クラスは、ロードレースの底辺拡大を目指して2016年から始まりました。国際(ナショナル)ライセンスと国内(インター)ライセンスが混走、車両もライダーもバラエティに富んでいます。

 2019年の全日本最終戦・鈴鹿の決勝レースは、白熱のバトルが繰り広げられ、目が釘付けになりました。スタート直後は、2年連続のインタークラスチャンピオンを決めていた笠井悠太がホールショットを奪いましたが、谷本音虹郎、片山千彩都が追いつき、この3台はファイナルラップまでもつれ、西ストレートやシケインでマシンが触れ合うほどの激しい戦いを展開。そして、このギリギリの攻防を制したのは女性ライダーの片山。バトルのあまりの激しさに、レース後にコントロールタワーに呼び出されましたが、最終的にはお咎めなし、片山の勝利が確定します。
 鈴鹿サンデーロードレースでは、開幕4連勝でJP250チャンピオンを決めていた片山、いよいよ全日本併催のJP250での初優勝に挑みますが、「前戦のオートポリスではマシン差を感じたので、マフラー屋さんに新しいマフラーを作ってくださいとお願いしました。だから今回のマシンはスペシャルでした」と、強い勝利への意欲を持って挑み、念願の初優勝を挙げることができました。年間ランキングは3位にポジションアップし、昨シーズンを終えました。

 片山への初取材は、昨年の鈴鹿4時間耐久ロードレース。小椋華恋(弟はモト3の小椋藍)とペアを組み、女性ペア参戦で話題のふたりに話を聞きました。学生だった片山は北九州工業高等専門学生で電気電子システムを専攻し、いずれはバイクの開発がしたいと目を輝かせていました。
 そして鈴鹿4耐決勝レース、優勝したのはA.P.HONDA RACING Thailandのピヤワット・パテゥンヨット/ムクラダ・サラプーチ組で、サラプーチは女性初となる鈴鹿4耐優勝を飾りました。片山、小椋は総合5位で、国内ライセンスクラスで3位となりました。表彰台での彼女たちの誇らしげな姿に、新たな時代の風を感じていたのです。ライダーを長く続けてくれたらいいなと願っていました。

 ですが、片山は希望の企業に内定を決め、春からは社会人としての第一歩を踏み出すことを決めていました。
 片山にこれまでで一番印象に残っているレースを聞くと、「昨年6月の鈴鹿4時間の耐久レース(地方選)です。笠井杏樹選手と組んで勝てたこと」と笑顔で教えてくれました。#43「TEAM TECH2+GOSHI Racing」から参戦した片山と笠井はポールポジションを獲得して決勝レースに挑みますが、セーフティーカーや突然の雨が落ちる難しい戦いとなり、それでも安定した走りを見せてレースを制しました。

 バイク好きの父親とその仲間の影響で6歳からポケバイを始め、74daijiroでは、北九州カートウェイで、鳥羽海渡、真崎一輝ら世界選手権モト3で活躍するライダーたちとともに腕を磨きました。その後、NSF100、CBR250R、NSF250とステップアップ、CBR250RRでJP250参戦、耐久でCB600と真っすぐにレースの道を歩みました。
 「子供のころは世界に行きたいと夢見ていました。頑張れば行けるって…。でも、中学校2年生くらいで、金銭的なことを含めて現実を知りました。そこから、レースは楽しみに変わりました。楽しんで、たくさんの人に支えられて頑張ってこられたので、悔いはないです。バイクメーカーの技術者としてバイクに関わり、ライダーの助けになりたい。レースも、どんな形になるかわからないけど続けたい」

 鈴鹿最終戦で見せた片山のガッツあふれる走りに、素直に感動し、「おめでとう」と伝えたくて、彼女を探しました。そして、喜びの声と同時に、春からは社会人になると聞き、夢を叶えたことを祝福しながら、寂しさを感じてもいました。でも、レースに懸命に取り組んでいた時間が、企業への就職を決めた要素の一つなら、嬉しいことだと思います。懸命に打ち込めることに出会い、真摯に向き合った時間が、今の彼女を作ったのですから。そして、社会人となり、バイクやレースの魅力を、きっと多くの人に伝えてくれるだろうと思うのです。その思いを広げられるように、私も頑張らなければと思います。