第347回
2006年11月に開催された全日本ロード鈴鹿大会で、北川圭一の引退式が行われた。前回346回の復刻タビビトノキでも触れているが、WGP最終戦から全日本ロード最終戦に駆けつけたのは、この引退式を見たかったからということも、ひとつの理由だった
2006年11月に開催された全日本ロード鈴鹿大会で、北川圭一の引退式が行われた。前回346回の復刻タビビトノキでも触れているが、WGP最終戦から全日本ロード最終戦に駆けつけたのは、この引退式を見たかったからということも、ひとつの理由だった
 タビビト生活を始めた年に生まれ、高校2年生になった娘が先日、僕の現役時代のことを聞いてきた。「ノリックさんや青木(宣篤)さんのような選手だったの? 優勝したことあるの?」。娘が子どものころに一緒に食事をしたことがある選手たちを引き合いに出しての質問にビックリした。「優勝したことはあるけれど、そんな立派な大会じゃないよ」と答えながら、久しぶりに現役時代を思い出してしまったのだ。

 つい先日、鈴鹿サーキットで北川圭一選手が引退式を行った。そのときに彼はこう語っていた。「こうして五体満足で引退できたことがうれしい。僕がレースを始めてから、この21年の間に、亡くなった選手、大けがをした仲間たちをたくさん見てきた。自分は絶対にそうならないと信じてきたけれど、恐怖は常にあった。だからレースの前は怖かった。家族と何か約束するなんてできなかったね。だから、いつも、思い立ったように、今日どこどこに行こうか……という感じだった。ほんと、予定なんて何ひとつ立てられなかったね」。全日本で2度、そして、世界耐久で2度のチャンピオンになった北川の言葉だった。

 いくらコースの安全性が高くなったとはいえ、グリッドについた選手たちの緊張は昔も今も変わらない。彼らとは戦うステージこそ違ったが、若かりし日のタビビトもまた、レースウイークになれば緊張して、レースが終わればホッとする。明日のことなど考える余裕なんてなかったし、とても計画性のある人生を送っていたとはいえなかった。

 現役ライダーのXもまた、同じようなことをつぶやいていた。「レースウイークは明日のことが考えられない。でも、いつも100%で走ってきた。それができなくなったときはやめるときなのかも・・・」。シーズンオフは、そういう会話ができる時期でもある。

 モータースポーツの世界では、恐怖と戦う……というフレーズが頻繁に登場する。レース前に何度もトイレに走る選手たちの姿を見ていると、その言葉を実感する。しかし、走り出すと恐怖はなくなる。そしてレースを終えた後のドーピング検査では、水を1リットルも飲まないとオシッコが出ないという苦しさを味わう。

 現役時代のタビビトは、ドーピング検査など受けたことがない。そんな時代ではなかったし、ましてや、「パパはノリックさんや青木さんのように、わああ〜って囲まれたりしたことないの……」と娘が尋ねてきたので、「ないない」と答えると、「な〜んだ」と笑っていた。

 レースを追いかけるタビビト生活。今日はこれからマレーシアに向かう。明日、明後日はもちろんのこと、来年のスケジュールもすでに埋まっている。しかし、緊張はない。現役を引退した後の人生とは、こういうことなのかもしれない。(えんどう・さとし=GPライター)

■2006年11月15日掲載



 その昔、トーチュウで連載していた「タビビトノキ」に写真をつけて再録している「復刻タビビトノキ」は、いろんなことを思い出させてくれるので、楽しい作業になっている。先日も書いたが、そのうち、まとめて本にしたいと思っている。それにしても06年は、本当にいろんなことがあったなあということを実感する。先日、大学を卒業し、すでに就職している娘が、ある大学の先生の講演に出席したところ、その先生の研究開発にノリックが協力していたという話を聞いて驚いていた。
北川圭一の京都の自宅で何度か取材させてもらったが、世界耐久チャンピオンになった05年に撮影したトロフィーの数々。伝統と格式を感じさせてくれるトロフィーばかりだった
北川圭一の京都の自宅で何度か取材させてもらったが、世界耐久チャンピオンになった05年に撮影したトロフィーの数々。伝統と格式を感じさせてくれるトロフィーばかりだった
娘が幼稚園児だったころ、横浜で何度かノリックと食事をしたことがある。ノリックに手をつないでもらい歩いたことをしっかりと覚えていた
娘が幼稚園児だったころ、横浜で何度かノリックと食事をしたことがある。ノリックに手をつないでもらい歩いたことをしっかりと覚えていた
ノブちゃんこと青木宣篤選手の群馬の自宅に娘を連れて行ったことがある。この写真は、ノブちゃんを筆頭とする青木3兄弟が獲得したトロフィーの数々。とにかく、すごい数に圧倒された
ノブちゃんこと青木宣篤選手の群馬の自宅に娘を連れて行ったことがある。この写真は、ノブちゃんを筆頭とする青木3兄弟が獲得したトロフィーの数々。とにかく、すごい数に圧倒された