第387回
リオ・デ・ジャネイロに行ったら、リオで最も有名な観光スポット、キリスト像が立つコルコバードに行ってほしい。ここから見るリオの街の景色(写真)は最高である。来年はブラジルGPが復活することになると思うが、リオじゃないのが残念である
リオ・デ・ジャネイロに行ったら、リオで最も有名な観光スポット、キリスト像が立つコルコバードに行ってほしい。ここから見るリオの街の景色(写真)は最高である。来年はブラジルGPが復活することになると思うが、リオじゃないのが残念である
 「世界で最もきれいな街はリオ・デ・ジャネイロである」と誰かが書いていて、これを読んだとき「僕もそう思う」と相づちを打った。リオで最も有名な観光スポット、キリスト像が立つコルコバードの丘から見下ろすリオの風景は最高である。入り組んだ入り江には巨大な岩のかたまりがそこここに浮かぶ。こんな景色はここにしかないと思った。

 コパカバーナ、レブロン、イパネマ…と続くビーチも素晴らしい。これぞビッグウエーブと声が出る巨大な波に乗って、若者たちがサーフィン、ボディーボードで遊ぶ。砂浜ではビーチバレーにサッカー。ココナツジュースを飲みながら、それをノンビリ眺めているのも最高だった。

 どうしてこんなことを思い出したのかといえば、ノリック(故阿部典史さん)のメモリアルミーティングに出かけ、いろいろな方々と思い出話になったとき、ノリックと一緒にリオでパラグライダーをしたという人の話を聞いたからだ。リオはノリックが初表彰台に立ち、優勝もした思い出深い場所である。リオの街にはあちこちにびっくりするような絶壁があるが、その上から絶叫しながら宙を飛んだのかと思うと、笑いがこみあげてきたからだ。

 そして、こんなこともあった。ノリックがいつも泊まっていたホテルの近くに日本料理店がある。ある日、食事を終えたときに激しいスコールがきた。時計の針は午後9時半。すると「先に行きますね」と、雨の中をずぶぬれになって帰っていった。レースウイークの夜は10時に寝ると決めていた。だからどうしても帰らなくてはいけなかったのだが、10分もすれば雨は上がるのに、とおかしくて仕方がなかった。

 そんな話をしていたらノリックをかわいがっていた先輩ライダーの鶴田竜二が「全日本を走るようになって、毎日のようにメールをくれるんですよね。エンドーさん、これがノリの最後のメールです」と見せてくれた文面を見て言葉を失ってしまったのだ。

 SUGOの事故で亡くなった奥野正雄選手の葬儀に出た帰りの高速道路のこと。一緒に食事を、ということになったが、ノリックがどんどん先に行ってしまう。「ノリ、速すぎるぞ」とメールすると「人生は短いんですからね。鶴田さん、先を急がなくちゃだめです」と返事がきたのだという。その数日後にノリックは事故で亡くなった。

 「サーキットはどこが好き?」という問いにノリックは「鈴鹿とリオ」と答えていた。リオは世界で一番景色がきれいな街である。いまノリックが生きていたら、「僕もそう思います」と答えてくれるかもしれないなあと思っているのだ。 (GPライター)

■2007年12月13日掲載
リオではシェラトン・ホテルに泊まることが多かった。部屋から見えるリオの街並みも素晴らしく、ビーチでは若者たちがサーフィンをやっている。サーフィンをやりたいと思ったのは、リオに行くようになってからのことだが、いまだに実現していない(とほほ  ほ・・・・)
リオではシェラトン・ホテルに泊まることが多かった。部屋から見えるリオの街並みも素晴らしく、ビーチでは若者たちがサーフィンをやっている。サーフィンをやりたいと思ったのは、リオに行くようになってからのことだが、いまだに実現していない(とほほ ほ・・・・)


 リオのことはこれまでたくさん書いてきた。『タビビトノキ』の前に連載していたトーチュウの『GPサーカス』『GPロード/国境を越えて』でも、リオは何度も登場する。リオのジャカレパグアは、日本人ライダーとは相性も良く、日本人選手が大活躍した。125ccクラスでは、青木治親、上田昇、宇井陽一、東雅雄、250ccでは加藤大治郎(2勝)、500cc(モトGP)では、ノリックと玉田誠が優勝している。昨年の6月、そのジャカレパグアが16年のリオ・オリンピックのために解体されたというニュースを聞いたときはとても残念だった。ノリックと一緒に写っているこの写真は『復刻タビビトノキ343回』でも使っている。ノリックがリオGPで優勝したときのことについて触れているので、今回も引用することにした。今年はアルゼンチンGPが復活する。そして来年はブラジルが・・・。ジャカレパグアはもうなくなってしまったが、時間に余裕があったら、また行ってみたい街である。