第389回
レース活動のために大学を休学することになった中野真矢氏。その後、復学して卒業することはなかったが、「グランプリを長く回っていると、つくづく、もっと勉強しておけば良かったなあと思います。語学はもちろん、歴史や地理など、知っておけば良かったなということがたくさんありますね」と語っていた
レース活動のために大学を休学することになった中野真矢氏。その後、復学して卒業することはなかったが、「グランプリを長く回っていると、つくづく、もっと勉強しておけば良かったなあと思います。語学はもちろん、歴史や地理など、知っておけば良かったなということがたくさんありますね」と語っていた
 今年の12月はかなりノンビリな日々が続いている。時差の中で締め切りに追われることもなく、国内の取材で毎日が過ぎていく。移動中の電車の中では司馬遼太郎さんの幕末から明治維新にかけての本をたて続けに読んでいた。学生時代にろくに勉強しなかったタビビト。「へぇ〜そうだったんだあ」と新しい発見にうなずくことも多かった。

 その中でも「世に棲む日日」(文春文庫)は最高に面白かった。これまで司馬遼太郎さんの最高傑作は「竜馬がゆく」(文春文庫)だと思っていたが、それに匹敵する面白さだった。物語の舞台は長州。描かれている登場人物はもちろんのこと、長州(今の山口県)から江戸までの交通手段など、その時代背景がとても興味深かった。

 たとえば、その昔、どうして日本海側の海上交通が活発になったのか……ということがずっと疑問に思っていたのだが、「世に棲む日日」の中で、当時の帆船では、海が荒れる太平洋沿岸は苦難の航海だった……と書かれていて、ほぉ〜、そうだったのかと長年の疑問がひとつ解けてうれしくなった。司馬さんの本は、本当に勉強になる。

 先日、中野真矢とそういう話題で盛り上がった。「グランプリを長く回っていると、つくづく、もっと勉強しておけば良かったなあと思います。語学はもちろん、歴史や地理など、知っておけば良かったなということがたくさんありますね。外国にいると、日本のことを全然知らない、ということを痛感することが多い。でも、こういう生活をしてみて、そういうことは初めて実感として感じることですからね。時間ができたら、そのうち日本をゆっくり旅行したいですね」と語っていた。

 そんな話を聞いて思い出したのが、アメリカ人で2000年に500ccチャンピオンになったK・ロバーツのことだった。初めて彼が日本に来たとき、真っ先に向かったのが広島だった。「どうして?」と聞くと、いつも冗談ばかり言っている彼が「子供のころからヒロシマを自分の目で見たかった」と真剣な表情で答えてくれたのが印象的だったからだ。

 10分の1秒、100分の1秒に一喜一憂するグランプリという世界にどっぷりつかって18年が終わろうとしている。バイクの進化はもちろんのこと、情報を伝えるという分野でも、この間に劇的な変化を経験してきた。「世に棲む日日」によると、幕末の時代、長州から江戸までどんなに頑張っても20日間かかったのだそうだ。そして、2007年タビビトが一番感銘を受けた言葉は、この本の中で司馬遼太郎さんが書いている「この時代、情報は人間の歩く速度でしか伝わらなかった」という一文だった。 (GPライター)

■2007年12月27日掲載
K・ロバーツJrは、初めて日本に来たときに、まっさきにヒロシマに行ったのだという。ノリックとはグランプリに出て行く前から仲良しだった
K・ロバーツJrは、初めて日本に来たときに、まっさきにヒロシマに行ったのだという。ノリックとはグランプリに出て行く前から仲良しだった


 「竜馬がゆく」を読んでからというもの、タビビトはすっかり司馬遼太郎ファンになってしまった。司馬さんの作品は長編が多く、レースウイークはまるで読めなかったりするので、なかなか前に進めないこともある。おまけに、どこまで読んだっけ?と、話の流れを思い出す部分まで遡ったりするので、6巻とか8巻あるような作品は、数カ月かかって読むこともある。その中で「世に棲む日々」(全4巻/文春文庫)は、本当にあっという間に読んでしまった。この後、「菜の花の沖」(全6巻/文春文庫)を読み、江戸時代末期の日本の海上交通の状況を理解することが出来て、司馬作品は、すべてがつながっていると言ってもいい。それしても「世に棲む日々」の中に登場する「この時代、情報は人間の歩く速度でしか伝わらなかった」という一文にはハッとさせられる。それを忘れてはいけないなあと、つくづく思うのだ。