第420回
WSBを戦う清成龍一&C・チェカが波乱万丈のレースを214ラップで制した。スタート3時間後に降り出した通り雨。トップを走行していたのはチェカ、2連覇を狙うヨシムラ34号車は加賀山。ともにスリックタイヤで雨中のバトル、ハイペースでラップを刻む。加賀山が首位に浮上も転倒…。トップに返り咲いたチェカが今度はピットレーンのスピード違反で30秒のピットストップペナルティ。最後の最後までハラハラドキドキの展開だった
WSBを戦う清成龍一&C・チェカが波乱万丈のレースを214ラップで制した。スタート3時間後に降り出した通り雨。トップを走行していたのはチェカ、2連覇を狙うヨシムラ34号車は加賀山。ともにスリックタイヤで雨中のバトル、ハイペースでラップを刻む。加賀山が首位に浮上も転倒…。トップに返り咲いたチェカが今度はピットレーンのスピード違反で30秒のピットストップペナルティ。最後の最後までハラハラドキドキの展開だった
 アメリカGPを終えて帰国。横浜の自宅で一夜を過ごし、すかさず鈴鹿8時間耐久レースの行われる鈴鹿へと向かった。今年の日本は異常に暑いらしい。8耐も連日の猛暑の中で行われた。日曜日の決勝レースは、夏の通り雨のために波乱の展開となったが、今年の8耐で雨が降ったのは、このときだけである。

 コースサイドにいると肌がチリチリ焼けていく。あまりにも日差しが強烈なので帽子をかぶり首にタオルを巻く。ニッポンの夏といえば短パンがあたりまえだが、この暑さの中で長いズボンを着用しているカメラマンが多かった。理由もすぐに分かった。短パンだとひざから下が焼けて痛いのだ。

 タビビト生活19年で、最高に暑かったレースは、9月に行われた2004年、そして05年のカタールGPで、最高気温は連日40℃を超えた。日差しも強烈で、文句なくNO.1の酷暑だった。あまりの暑さに選手たちは悲鳴を上げ、そのためカタールGPは春先にスケジュールが移り、今年からナイトレースになった。

 そして、史上2番目は?になると、いくつも候補が挙がる。9月か10月に行われるマレーシアGP、7月に行われるラグナセカのアメリカGPもかなりのものだ。そして、今年の8耐も33℃前後の猛暑が続き、文句なく2番手争いにノミネートされるものだった。

 長旅を終えて夏の成田空港に降り立つと、肌にまとわりつくじめっとした湿度と暑さに参ってしまう。まるで熱帯の国を訪れたような気分にさせられるし、まるで南国の島にいるような気分にさせられる。朝起きると、低い空を雲が流れていく。日差しが高くなるにつれて雲は消えていくのだが、ハワイやバリに行ったときの記憶がよみがえってくる。日本列島は、確実に熱帯化しているようだ。

 今年は、知り合いのクルマに乗せてもらって鈴鹿に向かった。車窓から見える田園風景と、森の緑の深さにも圧倒された。しばらく日本を離れているせいなのか、何もかもが新鮮だった。鈴鹿では今年もセミが盛大に鳴いていて、ああ、8耐に来たんだなあと実感した。時差がないので、締め切りに追われることもなく、コースサイドでノンビリ選手たちの走りを見ることができたのも最高だった。

 空を見上げれば入道雲。決勝では夏の通り雨に、泣いた選手、そして笑った選手がいる。タビビトが一年で一番楽しみにしている8耐は、今年も記憶に残る戦いとなった。これからタビビトは英国へ。これが終わるとやっと夏休みが来るのである。 (GPライター)

■2008年7月31日掲載
2005年に宇川徹とペアを組んで優勝して以来、3年ぶり2回目の優勝を達成した清成龍一は、「考えすぎないように、ただ、ベストタイムを出して走ることだけを考えていた」という無心の走りが優勝につながった
2005年に宇川徹とペアを組んで優勝して以来、3年ぶり2回目の優勝を達成した清成龍一は、「考えすぎないように、ただ、ベストタイムを出して走ることだけを考えていた」という無心の走りが優勝につながった
最終的に同一周回の214周としたが、優勝したホンダ11号車にはまるで届かなかった。3回目の表彰台に立ったヨシムラ12号車・渡辺篤は、「順調だったが、一発の速さがなかった」と語り、酒井大作は、「2位になれたことは嬉しいが、負けは負け。悔しい」と初表彰台に立つも悔しそうだった
最終的に同一周回の214周としたが、優勝したホンダ11号車にはまるで届かなかった。3回目の表彰台に立ったヨシムラ12号車・渡辺篤は、「順調だったが、一発の速さがなかった」と語り、酒井大作は、「2位になれたことは嬉しいが、負けは負け。悔しい」と初表彰台に立つも悔しそうだった
予選3番手から順調にラップを重ねたハルク・プロの小西良輝&高橋巧ペア。2年ぶりの表彰台に立った小西は、「事前テストがまるでだめだったし、3位になれるなんて、上出来」と満面の笑み。レースウイークに入って、ケガをした安田毅史の代役出場となった高橋巧は「まさか出場するとは思っていなかった。それで表彰台に立てるなんて」と大喜びだった
予選3番手から順調にラップを重ねたハルク・プロの小西良輝&高橋巧ペア。2年ぶりの表彰台に立った小西は、「事前テストがまるでだめだったし、3位になれるなんて、上出来」と満面の笑み。レースウイークに入って、ケガをした安田毅史の代役出場となった高橋巧は「まさか出場するとは思っていなかった。それで表彰台に立てるなんて」と大喜びだった


 2008年のスタートシーンを見ると、TSR、ヨシムラ34号車、ホンダ・ワークス、ヤマハ・ワークス、ヨシムラ12号車・・・と続く。この年を最後に、ホンダとヤマハはワークス体制での参戦を取りやめ、TSR、ハルク・プロ、ヨシムラの3強時代が続くことになる、2014年には長らく8耐から遠ざかっていたカワサキが復帰、ホンダ、ヤマハ、スズキもワークスチーム復活に向けて、じょじょに動き出しているようだ。