第431回
復刻タビビトノキに何回か登場したミシュランのTシャツだが、2008年の最終戦バレンシアGPでもらったものだということを自分で書いた原稿を読んでいて、ああ、そうだったのかと思った。優勝した選手が42名。チャンピオンが13人だった。16年にはミシュランが8年ぶりにグランプリに復活する
復刻タビビトノキに何回か登場したミシュランのTシャツだが、2008年の最終戦バレンシアGPでもらったものだということを自分で書いた原稿を読んでいて、ああ、そうだったのかと思った。優勝した選手が42名。チャンピオンが13人だった。16年にはミシュランが8年ぶりにグランプリに復活する
 オーストラリアからマレーシアへ移動し、そして、赤道を越えてイベリア半島に向かった。ここでは最終戦バレンシアGPが行われるのだが、終盤の3戦は、いろいろな出来事があった。オーストラリアGPでは、小山知良が解雇されて欠場したが、マレーシア、バレンシアの終盤2戦に出場できることになった。と思いきや、今度は青山博一の所属するKTM250チームが今季を最後に撤退することを発表する。

 マレーシアGPではモトGPの来季からのタイヤ1社供給が決まり、ミシュランが今季を最後に36年間に及ぶグランプリの歴史に終止符を打った。最終戦バレンシアGPでは、WSBへのスイッチが決まったモトGPの中野真矢がラストランに挑み、小山、青山博一は来季のことが決まらないまま最終戦を終えてしまった。

 世界経済の減速と円高もパドックの話題のひとつだった。わずか数カ月前に169円という史上最高値をつけたユーロが110円台まで急落し、ドルも90円台に…。世界中から集まってきているレース関係者はユーロやドル建てで働いているため、為替の変動が大きな関心を集めることになった。これまで円安に苦しんでいたタビビトも、久しぶりに円高の恩恵をこうむる日々。ホテル代だけでも1日数千円単位で違ってくるのだから嬉しい。こういうときは、世界経済の混乱を肌で感じることになる。
 最終戦バレンシアGPと月曜から始まった2日間のテストを終えて、今日はホテルでノンビリしている。雨が多かったこともあり、かっぱやぬれた靴を乾かし、プレスルームから持ち帰った資料などを整理する。ミシュランにもらったラストレースを記念するTシャツがあって、ビニール袋から出すと最高峰クラスでチャンピオンを獲得した13人と、優勝した42人の選手の名前がプリントされていた。

 その中には、片山敬済、阿部典史、岡田忠之、宇川徹と日本人4選手の名前を見つけた。岡田はまだ現役で頑張っているし、片山さんを除く3人の優勝すべてをタビビトは見てきたのだと思うと、ミシュランの撤退は、ひとつの時代の終焉(しゅうえん)を感じさせるものだった。

 ミシュランのトレードマーク、ビバンダムはレースの世界で最も親しまれたマスコットではないだろうか。ミシュランのラストレースを記念するTシャツ。「Thanks」と書かれた文字の上にいるビバンダムの掲げている右手が「バイバイ」と言っているようで何だか寂しくなった。この仕事をしていると、たくさんのTシャツをもらうが、大事に取っておこうと思う一枚だ。

 南半球のオーストラリアではサマータイムが始まり、北半球のバレンシアでは冬時間に戻なった。1時間損をしたり徳をしたり、いろいろである。悪夢を味わった日本人選手にも、徳がある朗報が届くよう願うばかりである。 (GPライター)

■2008年10月30日掲載



 2008年のカタルーニャGPでD・ペドロサが優勝したのが、ミシュラン最後の優勝となった。WSBはすでにピレリのワンメーク。F1もBSのワンメークになるなど、モータースポーツはタイヤワンメークが主流で、モトGPもこのシーズンを最後に”タイヤ戦争”に終止符を打ち、バイクに合わせたタイヤ作りの時代も終わった。タイヤの1社供給時代になって一番の変化は、「番狂わせのレース」がなくなったことである。