第443回
2008年12月19日、神宮球場で「レーサーズ」の試合が行われた。大ちゃん、沼ちゃん、そしてノリックの追悼大会となった。写真右端の「HARU」の文字がハルちゃんこと青木治親。そして左端が、その後、オートレーサーになり大活躍する青山周平である
2008年12月19日、神宮球場で「レーサーズ」の試合が行われた。大ちゃん、沼ちゃん、そしてノリックの追悼大会となった。写真右端の「HARU」の文字がハルちゃんこと青木治親。そして左端が、その後、オートレーサーになり大活躍する青山周平である
 年末に行われた「レーサーズ」の野球大会で久しぶりにハルちゃんこと青木治親と話すことが出来た。ハルちゃんはいま、オートレーサーとして大活躍している。「本当に今度こそ見に行くね」と約束した。そこで、ハルちゃんの師匠にあたるノリック(故阿部典史さん)の父・光雄さんに連絡を取ると、あっという間に訪問する日が決まった。思えば、ノリックがデビューしたころから阿部さんには、「いつでも来て」と言われていたのだが、やっと実現することになった。

 今回はオートレース界の重鎮である阿部さんのゲストとして見学させてもらうことになったので、スタンドからではなく、選手がバイクの整備をし、休憩するためのロッカールームに入れてもらうことになった。ロッカールームには、3畳ほどの大きさのボックスが選手に割り当てられている。その中には、タイヤラックや工具箱があり、ボックスの前でマシンを整備する。そして出走するまでの間、くつろげるようにいろいろ趣向が凝らされていた。
出番がくると、こうしてコース場に出て行く。レースはすべて進行通りに進められる。整備が終わったバイクは車検場へ。その後、装備をつけた選手はゼッケンのついた勝負服を受け取り控室へ。時間が来るとバイクに跨ってこうしてコースへと出て行く。ノリックと同じヘルメット。そしてつなぎを着て阿部さんはレースを戦う
出番がくると、こうしてコース場に出て行く。レースはすべて進行通りに進められる。整備が終わったバイクは車検場へ。その後、装備をつけた選手はゼッケンのついた勝負服を受け取り控室へ。時間が来るとバイクに跨ってこうしてコースへと出て行く。ノリックと同じヘルメット。そしてつなぎを着て阿部さんはレースを戦う
 オートレースは同じエンジン、タイヤを使うワンメーク・レース。勝敗のカギを握るのはタイヤの選び方や交換のタイミング、そしてエンジンの調整である。1日12レースで、午前10時すぎに第1レースが始まり最終レースは午後4時すぎ。気温、湿度など刻々と変化するので、自分の出走レースに合わせ、いろいろセッティングを考える。

 朝の練習でバッチリだったとしても、天候が変われば路面状況も変わる。気圧の変化に合わせエンジンのセッティングも変える。そのためレース直前に試走というものがあり、そのタイムを参考に観客は車券を買う。

 ノリックの父としての阿部さんとは長い付き合いだが、こうして「オートレーサー阿部光雄」を間近で見るのは初めて。興味津々、エンジン整備室、ウオームアップ場所など案内してもらい、選手用の食堂で昼食もごちそうになった。初めて見るオートレースの内側の世界。僕の質問に阿部さんは、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
先頭を走るのが阿部光雄さん。ロードレースとは違い、独特な世界である
先頭を走るのが阿部光雄さん。ロードレースとは違い、独特な世界である
 撮影許可をもらい写真を撮らせてもらった。サーキットではノリックの父としていつも気楽にカメラを向けていたが、“オートレーサー・阿部光雄”にカメラを向けるのは緊張する。ヘルメットはノリックと同じ。防具の下のレーシングスーツもノリックが着ていたもので、車名はノリックが住んでいたスペインの街の名前を取り「シーチャス」。ノリックが不慮の事故で亡くなる前からそれは変わらないが、ロッカールームからレースを見ながら、阿部さんを応援しているような、ノリックを応援しているような不思議な感覚になったが、オートレース場では、ノリックのお父さんではなく、通算1359勝という記録を持つ大選手だった。

 今回、見学に訪れることになった「第57回G開設記念グランプリレース」は、ハルちゃんは休みであり、出場していない。今度来るときは、阿部さんとハルちゃんが出走するレースを絶対見に行こうと思ったのだ。(GPライター)

■2009年1月29日掲載
整備を終えて暖気をする阿部光雄さん。エンジンはスズキの600cc。部品の購入も整備も全部選手が行なう。整備を手伝えるのは選手同士だけ。そこで、師弟関係が必要になってくる
整備を終えて暖気をする阿部光雄さん。エンジンはスズキの600cc。部品の購入も整備も全部選手が行なう。整備を手伝えるのは選手同士だけ。そこで、師弟関係が必要になってくる


 横浜市都筑区の龍雲寺にノリックのお墓がある。阿部光雄さんはオートレースの仕事に行く日、帰って来た日には、こうしてお墓参りをする。ノリックとともに世界一を目指した阿部光雄さんの無念の思いが消える日はこない。阿部さんは現在、オートレースを続けながら、ノリックの意志を継いでチームノリックを運営している。