第28回
 ジャーナリストの西山平夫さんが亡くなった。僕がとてもお世話になった方の一人で、下積み時代から僕のことを文章にしてくださった恩人。著書の「キレて疾れ!」では自分でも気付いていなかった僕の姿を本にしてくれた。今、その本を手にとって、西山さんとの日々を思い出している。

 その「キレて疾れ!」にも書いてあるように西山さんとの出会いは僕がF・ルノーに乗っていたころだった。全く無名の僕がヨーロッパという異文化の中で、アクセルを踏んづけてがむしゃらに前だけを見ていた時期にパリで取材を受けたのだ。おなかがすいていた僕は初対面の西山さんに自分で作る炒飯の話をしたら、大笑いした西山さんが中華料理をごちそうしてくれたのだ。シャンゼリゼ通りの裏道を歩いておいしい炒飯にありついた時のことが昨日のように思い出される。

 それからずっといつでも西山さんは僕の側にいてくれたように思う。そのせいかもしれないが、西山さんの書く文章はいつも愛情にあふれていて僕がF1で勝つ瞬間を夢見て書いていてくれたことがとてもよく分かる。92年のデビュー戦から94年の好調時、そして95年の落胆。その過程で僕が置かれていた状況やチームに対するいらだち、自分に対する不安やそれと裏返しの強がりにすら見える自信が詳細に記されている。

 そしてそんな僕を見ている西山さんのもどかしい気持ちや、叱咤激励、熱い応援が「キレて疾れ!」にはたくさん詰まっている。今もう一度読み返すと僕がどんなふうにF1で戦っていたかが鮮やかに思い起こされる。そして西山さんも僕と同じ夢を見ていたことがものすごく伝わってくる。僕も西山さんの期待に応えたかった。

 そういえば「鈴鹿には行くよ」と言っていた。久しぶりに会えるのかと思っていた。なのに突然の訃報(ふほう)。とてつもなく悲しくて寂しい。周囲で自分を応援してくれる人が亡くなるのは、本当につらい。もう一度会いたかった。

 日本人ドライバーがF1で勝つことは西山さんが僕らと一緒に見ていた夢だ。それは次の世代に引き継がれたが、まだ誰もその夢をつかんでいない。小林可夢偉、さらにそれに続くもっと若い世代の選手がきっとその扉を開けてくれる。そして僕に対する西山さんがそうだったように、そんな若い選手を僕も応援していきたいと思う。

 今週末、西山さんに会えるはずだった鈴鹿で日本GPが行われる。故人のご冥福を祈りつつ、鈴鹿に向かおう。(レーシング・ドライバー&冒険家)