第118回
 去年の地震と津波で大きな被害を受けた陸前高田市には、自転車がブームになる前から20年続いた「南三陸サイクルロード・りくぜんたかた」という自転車ロードレースがあった。今はもう行われていないこの大会だが、かつては東北の夏の風物詩だったそうだ。先日、立ち寄る機会があり、「グッド・チャリズム宣言プロジェクト」のリーダーとして、市内を自転車で走ってきた。

 これまで日本中のいろいろなところを走ってきたが、そのどれとも違う風景だった。テレビの映像で繰り返し流れたとおり、陸前高田市は港から大きな船が丘に押し流され、家も工場もお店も学校も、人々の暮らしも、いろんなものが突然無くなった。そして「奇跡の一本松」もこの陸前高田市。災害の傷痕がいたるところに残っていた。がれきの山、建物が建っていただろう空き地。基礎だけがむき出しになった住宅地。道路も舗装補修があちこちにあったり、砂利道のところもあった。でこぼこの道を自転車で走った。

 でも、この街は決して廃虚ではない。お店も少しずつ復活して、人の営みがある。道端には故人への花が手向けられ、残された人々は故人と共に生きている。遺族は故人への思いをはせ、故人は残った人を見守っているような気配を感じた。「奇跡の一本松」は、そんな人々の気持ちを象徴するかのようだった。建物は壊れて人も少ないが、人々が暮らしていたぬくもりや名残なのか、街は人のぬくもりで温かだったよ。

 東京に戻って平らなアスファルト道路を走ったら、それがとても無機質に思えた。お膳立てがされて、何の不便も無く生活できる東京。豊かさがあるゆえに、奪い合いや争いが絶えない街。僕もいつの間にかその東京に同化して、豊かさを求める偏った価値観に振り回されている。人はたくさん居るのに、道路もキレイな建物もなんだか冷たい。

 今の陸前高田市には、本当に大切なもの(人の営みと思い)しかない。だから人々はお互いに分け合ったり、支えあうしかない。僕らの暮らしと比べると、不便で豊かでないかもしれない。しかし、人々の明日を信じて生きる力、故人や残った家族への気持ちは、惰性で暮らす僕らとは比べものにならない。僕らも悲しい気持ちや切ない気持ちを希望に置き換えて、頑張っていこうと思った。(Team UKYO代表)