第121回
 優しい島の人たちや、後ろを追ってくるカモメたちに見送られて、僕の乗ったフェリーは桟橋を離れた。ここは宮城県気仙沼の大島。震災と津波で大きな被害を受けながらも、この夏に海水浴場の営業を再開するなど復興を進めている島だ。

 世の中がオリンピックで盛り上がったこの2週間ばかり、僕はあいも変わらずあちこち忙しく動き回り、そのうち2日間を気仙沼の大島で過ごした。

 信号機が一つしか無い道を、自転車で走った。そして、食べ切れないほどの海と山の幸をごちそうになった。震災から1年半がたとうとしている島は、確実に復興に向けて歩みだしていて、旅人として訪れる分には全く不自由が無かった。でも、島を一望できる亀山という山に登って眺めた時、震災の爪痕を感じた。爆発した気仙沼の燃料タンク、飛び火した山火事の痕、流されて橋が無くなった道路。春には緑色の桜が咲く亀山の山頂へのケーブルカーも、火災で燃えて無くなっていた。震災の痕跡があちらこちらに見えた。無理もない。気仙沼のコンビナートが爆発したことで、この島は火に包まれたのだから。

 それでも、島の人たちは、僕に震災の時のことをいろいろと語ってくれた。朝市で会ったおばちゃんは「生きているだけでも儲(もう)けもんさ」と真っ黒に日焼けした顔で笑った。お世話になった旅館のおかみさんは、目に涙を浮かべながらその日のことを笑顔で聞かせてくれた。どんなに恐ろしい体験だったことか…。島の人々からは生き永らえたことへの感謝と明日への希望を感じた。そんな島の人々が、強く優しくまぶしく見えたよ。そして、ここにもたくさんの若者がボランティアに来ていた。彼らは彼らの時代の新しい価値観を持って、被災地で自分の道を探している。

 それなのに、どうして普段の僕らは目に見える桃源郷ばかり追いかけるのだろうか? 便利な暮らしや収入を求めて、自分を殺しながら何かにしがみついている。むなしいね。人間はパンだけでは生きていけない。人間には、希望と心の豊かさと安心が必要なんだと思った。

 だから僕も大島のために、少しだけ自分のできることをやってみようと思う。島を1周する自転車レース、そしてチャレンジスクールもやろう。毎年6月になると咲いたという島の桜を取り戻すための植林にも参加しよう。みんなに本当の笑顔を取り戻して貰うためにね。きっと大丈夫。(Team UKYO代表)