第135回
 11月18日のJAFグランプリで、今年のチーム右京のモータースポーツ活動が全て終了した。2年連続のタイトルは取れなかったが、以前にも書いたように、エンジン性能調整というハンディの中でチームは最高の仕事をした。この悔しさをバネに、これから来シーズンに向けた準備が始まる。人や組織は苦しい状況で成長するから、来シーズンはもう一段強くなるだろう。

 今回のJAFグランプリではレジェンドカップという、野球のマスターズリーグみたいなレースがあり、僕も久しぶりにコックピットに収まった。国さん(国光さん)、津々見さん、長谷見さん、鮒子田さん、寺田さんといった往年の名ドライバーや、僕が駆け出しのころの大スター星野さんや中嶋さん、さらにF3からF1までずっと先輩だった亜久里さん。

 こんな人たちの、まさに末席で僕もレースに参加した。これがもう、ブリーフィングからして大荒れ。名誉競技委員長の松本恵二さんから「みんなフラッグの意味を覚えてるかな?」と言われると、「そもそも目がしょぼしょぼしてフラッグなんか見えないよ」と誰かが返事。さらに「明日の朝は早いけど大丈夫か?」と聞かれれば、「歳くってるから言われなくても目が覚めるよ」と言う始末。ひと癖もふた癖もあるレースになる予感はあった。

 周囲の迫力に押されつつ雨の予選では、なんとか頑張って2番手タイム。ところが50歳以上にはハンディがあって、年齢マイナス50秒が減算される。というわけで最年長の国さんは70歳だから20秒のアドバンテージ。僕の順位は下がって最後列の19番グリッドだった。ここから追い上げるはずだったが、周囲は大先輩ばかり。

 当然、いろんな意味で簡単に勝てません。と言うよりも、正直なところ普通に速くてなかなか抜けない。前の方に亜久里さんが見えたが、星野さんや中嶋さんとのバトルの応酬でペースが上がらず追いつけなかった。このメンバーの中では、僕は何歳になってもひよっ子ということだ。完敗。

 でもレース中のラップタイムは2番手。トップタイムの亜久里さんは単独走行のタイムだから、やっぱり僕が一番…。いや、タラレバは止めておこう。

 チェッカーを受けてスタンドを見たら、お客さんたちが大喜びだった。その光景を見て、日本のモータースポーツの歴史が積み重なったことを実感した。そしてその歴史を、次の世代につなげる責任を改めて感じた。

 来シーズン、僕の周りの若手はどんな活躍をするだろうか。そして、僕はその若手をどれくらい支援できるだろうか。そんなことを思った。(Team UKYO代表)