91年Round 9 ドイツGP
(91年7月31日掲載)
フィアット批判を展開したプロスト(C)Chunichi
フィアット批判を展開したプロスト(C)Chunichi
◆ Round 9 ドイツGP
◆91年7月26〜28日 ホッケンハイム・サーキット
 ▽PP N・マンセル(ウィリアムズ・ルノー) 
 ▽優勝 N・マンセル
【プロストのドイツGP】
 5番グリッドからスタートしたプロストは1周目でセナに次ぐ4番手。目の前のセナに猛チャージをかけるが、セナは譲らず。17周目、同時のピットインでタイヤ交換を行うが、セナがわずかに早くピットアウト。なおも、アタックをかけるも、22周目、もたつく間に後方からチャンスをうかがっていたパトレーゼが一気に2人をパス。38周目、最後の勝負をかけたプロストは、第1シケインでコースアウト。エンジンストップで涙をのむ。

「アニエリは僕とアレジに不愉快な発言をした」

 技術面に関しては、ドイツGPを要約するのは簡単なことだ。ジャン・アレジと一緒にグランプリ前のテストを行った僕は、フェラーリに大きな期待を寄せていた。超薄型の2枚ウイング、3枚ウイングをテストした結果、エアロダイナミクス面では大きな進歩が見られた。シャーシの動きも良い。エンジンに関しては、新しいことがたくさんあった。特に、間もなく特別な吸気システムを採用することになっている開発型バージョンによって、レースにおいても予選においても、僕たちは大きく助けられるはずだ。

 金曜日と土曜日の走行では、僕は順調にマシンを仕上げていった。たったひとつの変調といえば、予選用のエンジンがパワーを失ってしまったことだ。このため、僕はグリッドの位置を決定する最後の予選で、古いエンジンを使い、最終的に5位からスタートすることになった。レースセッティングのマシンに関しては、僕は自信を持っていた。満タン状態でのマシンの動きは良い。日曜日の朝のウオームアップでマンセルから0・7秒差の2位のタイムを記録した僕は、それを証明していた。

 厳密にレースに関する話としては、僕にとってセナを抜くことは不可能だった(これについては後で話すけれど)。僕はレースの間ずっと、彼にプレッシャーを与え続けていた。エンジンを冷やすために少し離れて走った、28周目から30周目の3周以外はずっとだ。エンジンの過熱は、石ころがラジエーターを貫いていたためだった。温度が普通の状態に戻ったところで、僕は攻撃を再開した。そして、第1シケインのエスケープに吸い込まれていってしまったのだ。セナの、最後の妨害のせいだった。再スタートをしようと試みたものの、クラッチはスタートで焼きついていた。エンジンは止まり、すべてが終わった。

 単純にグランプリだけを見つめれば、それは僕の心に長くは残らないものであったかもしれない。しかしながら、他にもっと重大なことがあったのだ。まず最初にセナだ。シケインで起こったことは、彼がずっと続けていた、信じられないような質の悪いドライビングの結果でしかない。僕が彼のウイングの後ろについている間中ずっと、僕が抜けないように彼は最悪のブロックをしようとした。ライン上をジグザグに走ったり、時々、通常より10mから20m手前で突然ブレーキングしてみたり、そして常に出口をふさいだりしたのだ。それは、チャンピオンに値しないやり方だった。僕はもう、彼をチャンピオンだと考えることはできない。

 ふたつめはイタリア・プレスとの問題と、フィアット・グループ内の工作に関する問題だ。ホッケンハイムの直前、フィアットの副社長・ウンベルト・アニエリはフェラーリのドライバー、つまりアレジと僕自身について、非常に不愉快な発言をしたのだ。幸いなことにその数時間後、グループのボスであるジャンニ・アニエリは、個人的に僕に電話をしてきて安心させようとしてくれた。しかし僕は、イタリアが尊敬する人物の兄弟が、誤った方向の発言をしたと確信している。もちろん。何カ月も前から僕と犬猿の仲であるイタリア・プレスの大部分は、この一件を散々からかった。これには僕は驚きはしなかった。そしてイタリア人ジャーナリストも、僕が彼らのことをどんなふうに考えているか話したところで、驚く必要もなかったのだ。僕は手心も加えずにはっきりと話した。

 それはフェラーリの社長であるピエロ・フサロの支持のもとに行われた憤激の叫びだった。僕がどんなふうにスクーデリアに自らを捧げてきたかを知っているフサロはとても勇敢に僕を守ってくれた。ジャンニ・アニエリ、ピエロ・フサロ、そしてエンジニアからメカニックに至るまでスクーデリアの全体に支えられ僕は元気を回復していた。それでも、僕は警戒と通告を発していた。通告はイタリア・プレスに対するものだ。

 彼らが責任あるプロのジャーナリストであることを証明し、技術的な面で僕を非難するのはともかく――それは彼らの最低限の権利だから――人間的な面で僕を攻撃することをやめなければ、僕は自分の言葉を取り消すことができる。もし僕がフェラーリにとってありがたくない人間なら、すぐにでも家に帰って、静かにシーズンが終わるのを待ち、今でさえすでに殺到しているさまざまなオファーについて考えることができる。おそらく、すべての人々の気に入ることではない。でも、僕のコラムをずっと読んできた人なら知っているはずだ。僕が常に真実を語ってきたということを……。(訳・今宮雅子)

(次回はハンガリーGP編を掲載します)