91年Round 13 ポルトガルGP
(91年9月25日掲載)
またもエンジントラブルによるリタイア。むなしくヘルメットを脱ぐプロスト(C)Chunichi
またもエンジントラブルによるリタイア。むなしくヘルメットを脱ぐプロスト(C)Chunichi
◆ Round 13 ポルトガルGP
◆91年9月20〜22日 エストリル・サーキット
 ▽PP R・パトレーゼ(ウィリアムズ・ルノー) 
 ▽優勝 R・パトレーゼ
【プロストのポルトガルGP】
 予選1回目5番手=1分15秒018、予選2回目5番手=1分14秒352、決勝=39周リタイア。スタートでアレジにかわされ6番手走行。28周5位、29周4番手。30周でタイヤ交換し7番手に落ちるが、32周目までにアレジをパスし4番手に上がる。38周で3番手。その直後、40周目にエンジンブローでリタイア。

「フェラーリから去るといううわさは僕をいらだたせた」

今回のポルトガルGPは出だしから調子が悪く、終わりはもっと悲惨なものだった。木曜日にエストリルに到着したら、直接クィンタ・ダ・マリーニャに行こうと、僕は最初から決めていた。そこには快適なゴルフ場と、美しい別荘が用意されているのだ。グランプリが開催されている間、そこに滞在するのがF1ドライバーの習慣となっている。

 そこでゆっくりと考えた末に、僕は自分のメカニックやマシンに会うため、サーキットに足を運ぶ決心をした。別に驚きもしなかったけれど、そこでは多くのジャーナリストの一団が僕を待ち受けていた。彼らは決して引き下がろうとしないのだ。木曜日は期限の日だ……と思われていたから。何の期限かって? 来年からのリジェ・ルノー・チームの運命を決める、ギイ・リジェに対する肯定的な(あるいは否定的な)僕からの返答の期限だ。それは同時に、僕がフェラーリから去ることをも意味している。

 この、僕がフェラーリから去るといううわさは、僕をいらだたせるものだった。フォーミュラ1をカバーしている多くの新聞や雑誌の編集長には、重要なこととそうでないことの選択を自分たちの特派員にゆだねる以外、他に打つ手はないのだろうか? 新聞を売るためには、正しい情報よりセンセーショナルな記事の方が必要なのだろうか? いずれにしろ、みんなは骨折り損をしたということだ。

 理由は単純で明快なもの。つまり、僕はまだこれからのことを何も決めていないということだ。92年をフェラーリで走るか、リジェで走るか、または他のチームで走るか、他の方向に挑むかは、数多くの理由から僕にもまだわからないのだ。

 このために機嫌が悪くなっていた僕は、金曜日の朝、自分たちのエンジンのセッティングが悪く、いつも以上に息切れするとわかった時、もっと神経質になっていた。要するに、見込みは少なかったのだ。新しいセッティングに取りかからなければならなかったフリー走行で、僕は予選にとらわれていた。ところがご存じの通り、金曜日の予選は大きく雨に邪魔されてしまった。

 土曜日の朝、スクーデリア・フェラーリのいらだちが増していく中、僕は落ち着いてレースセッティングを試していた。予選用のタイヤは1セットも使えなかったのだ。結果、僕のポジションは25位、他のマシンを避けようとしてコースアウトしたジャン・アレジは30位の最後尾のポジションにいた。僕たちが言いたかったことは、ご想像におまかせしよう。

 それでも、僕は自信を持っていた。僕たちは、バタフライを備えた改良タイプのエンジンがあったのだ。このバタフライによってガスの流れはよくなり、エンジンは低回転からスムーズに回転を上げていくというものだ。午後の予選で、僕はずっとジャン・アレジより後ろにいたけれど、最終的には5位のポジションを手に入れていた。避けようのない2台のウィリアムズ・ルノーと、同様に避けようのないマクラーレン・ホンダの後ろだ。

 ところが日曜日の朝のウオームアップで、僕のスペアカーは火に包まれてしまった。コックピットの中までガソリンが入ってきたのだ。火の勢いを想像してみてほしい。まだ動いているマシンから飛び降りた僕は無事だったけど、マシンの方は消火のオフィシャルの足もとに止められていた。ベルギーGPの時と同様、燃料パイプの接続が悪く、継ぎ手の部分がはずれてしまったのが原因だった。

 レースカーに乗り換えた僕は、自分のレースセッティングがうまくいっていることを確認した。でも、何か特別なことでも起こらない限り、勝てないことはわかっていた。うまくいったとしても、せいぜい表彰台に上るのがやっとだろう。

 この朝のウオームアップの混乱のあと、僕はもう静かにレースを戦えることを望んでいた。エンジンも超オーソドックスなものにするよう頼んだが、そのエンジンもレースを半分走ったところで力尽きてしまったのだ。これがシーズンの13戦目の最後だった。(訳・今宮雅子)

(次回はスペインGP編を掲載します)