91年Round 15 日本GP=パート1(木曜日)
(91年10月18日掲載)
ファンの間を足早に通り過ぎるプロスト(C)Chunichi
ファンの間を足早に通り過ぎるプロスト(C)Chunichi
◆ Round 15 日本GP
◆91年10月18〜20日 鈴鹿サーキット
 ▽PP G・ベルガー(マクラーレン・ホンダ) 
 ▽優勝 G・ベルガー
【プロストの日本GP】
 ▽予選 1分36秒670 4番手
 ▽決勝 1時間33分31秒456 4位

「フェラーリの際限ない支離滅裂さにうんざり」

JALのパリ−東京直行便の快適なフライトの後、鈴鹿には火曜日の夜に到着した。そう、日本グランプリはもう始っているのだ。鈴鹿ではとても特別な、他のどこにも似ていない、本当に異郷の雰囲気が僕を待っていた。でもヨーロッパ人である僕は、時々はひとりになることを必要とするのだ。ホテルの部屋でやっとひとりになれた僕は、これからのことについて考えた。

 本当のことを言うと、僕はここに走りに来ないことも考えていた。というのは、スクーデリア・フェラーリの際限ない支離滅裂さが、僕のやる気をそぐ傾向があったからだ。その後、僕は避けられないことはあきらめようと考えた……。でも、ジャーナリストたちの質問だけは避けたかった。彼らをきらいなわけじゃないけれど、今のところ、僕は彼らに何も答えられないのだ。特に、僕とフェラーリの見解の相違が調整されないかぎりは。だから、僕にはこれからのことはまったくわからない。明日にも決まることもあるだろう。日曜日の夜かもしれない。アドレードの後になるかもしれないのだ。

 水曜日の1日は、ヨーロッパに電話をして過ごした。調整すべきことがいろいろあったからだ。そして時差を解決するために、夜9時にはベットに入った。悪いニュースだ。木曜日の朝、どしゃ降りの雨が降っていたのだ。僕は自分に言い聞かせるようにこう考えた。今日がグランプリの当日でなくて良かった、と。鈴鹿のコースも、強い雨が降ると危険な水の流れがコースを横切ることも、僕はよく知っているからだ。アクアプレーニングはあまりありがたいものではない。

 朝食ではアンドレア・デ・チェザリスに会った。そして、この天気にもかかわらず、僕たちはゴルフの打ちっ放しに行こうと決めた。愉快で、フランクで、正直なアンドレアが僕は好きだ。たっぷり2時間、一緒に練習をした僕たちは、元気を取り戻すことができた。その後、予選1日目の準備をするため、僕はフェラーリのピットに行った。2台のマシンを準備するのだ。1台は排気管の出口を高くしたもの、もう1台は排気管の低い、つまりディフューザーを備えたタイプだ。こうして、僕は明日ふたつのシャシーを比較して、良い方を選ぶことができるのだ。


 この短いミーティングの後、僕はマールボロ主催の記者会見に出席し、日本のジャーナリストたちに会った。これでわかってもらえると思う。最初に書いたように、日本GPはもう始まっているのだ。(訳・今宮雅子)

(次回は日本GP編パート2を掲載します)