93年Round 3 ヨーロッパGP編
(93年4月14日掲載)
次々とトラブルに見舞われ、プロストは7回もピットに入る羽目になった(C)Chunichi
次々とトラブルに見舞われ、プロストは7回もピットに入る羽目になった(C)Chunichi
◆ Round 3 ヨーロッパGP
◆93年4月8(特別フリー走行)9〜11日 ドニントンパーク
 ▽PP A・プロスト(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 A・セナ(マクラーレン・フォード)
【プロストのヨーロッパGP】
 ▽予選 1分10秒458
 ▽決勝 1周遅れ 3位

「僕のギアボックスは1周目から滅茶苦茶」

 ブラジルGPで敗北した後、ウィリアムズ・ルノー・チームと僕は細心の注意をはらってヨーロッパGPに備えた。ディドゥコットでもヴィリ・シャチオンでも、そしてコース上でも、僕たちはものすごい量の仕事をこなしてきたのだ。

 フランスの南部、スペイン国境に近いノガロのコースで5日間行われたテストでは、その大部分がフライ・バイ・ワイヤー・システムの熟成に充てられた。ルノー・スポーツが入念に製作したエレクトロニクス・コントロールによるこのアクセレレーターは、作動について問題はないものの、性能と信頼性をもっと高めることが必要なのだ。ドニントンでこのシステムが採用されなかったのも、僕たちがまだこの目標に達していなかったからだ。

 でも、なぜコンピューター・コントロールのアクセレレーターが必要なのか? セミオートマでシフトダウンする場合、アクセルの開閉はドライバーの足でペダルを操作するより、エレクトロニクスでコントロールした方が正確に行われるからだ。

 5日間のテストはまた、トランスミッションの動きを検査するのにも充てられた。というのは、僕たちのギアボックスのコンピューター・プログラムの中には、どこかにうまくいっていないチップがあるのだ。あるいはウィリアムズのシャシーの情報システムには“ウイルス”が寄生しているのかもしれない。今のところ、マシンの動きはシーズンオフのテストの時とは違っているし、これからも同じことが起こるかもしれない。

 それでも、ノガロのテストはリラックスすることができた。この地方ではここ10年、F1のテストが行われていなかった。テストを見物に来た人は1日あたり3000人で、土曜日にサーキットの責任者が数えた時には1万人もいたくらいだ。

 毎日、テストが終わると、僕はサインを求める観客にこたえるために、ずい分時間を割いた。すごくおかしかったのは、その方法だ。彼らはコースに下りることが許されていない。そこで、彼らは紙とペンをひもにつるして、スタンドから僕の方に下ろしてきたんだ! ずい分ほのぼのとした雰囲気だろう?

 ノガロのテストを終えて2、3日休養した後、僕はヨーロッパGPのため、ミッドランドに向かった。ドニントンのサーキットに到着した時の印象は、思っていたほど悪くはなかった。受け入れ態勢は気持ちのいいものだったし、それにコースもうわさに聞いていたほどひどいものではなかったからだ。サーキットの施設は本当に不足しているけれど、もし今後もここでグランプリが行われるようになるのなら、この点は改良されるだろう。

 コースは、いわゆる見ごたえのあるコースだ。それでも、特にキャッスル・ドニントンの前で左右にコーナーが連続する部分が危険であることは否めない。ただ単純に、グリーンが広すぎてサンドトラップが十分にないのだ。逆に、狭すぎて追い越しのポイントがないと言われていた点については、間違いだと言える。最適のポイントは2カ所、ヘアピンのブレーキングと、ピット前のストレートに続く高速の右コーナーだ。

 一方、シケイン手前のブレーキングはセオリーどおりに考えると追い越しには格好のポイントだけれど、ここは使えないことがわかった。この部分では、フランスの田舎の旧道のように路面が完全にカマボコ状になっているからだ。どうしてこんな真ん中が盛り上がっているのだろう? 僕はこんなふうに気楽に自問していたけれど、理由は木曜日のフリー走行で雨が降り始めるとすぐにわかった。カマボコ状のアスファルトのおかげで、水はけがいいのだ。

 レース自体については、何を話せばいいだろう? セナがすばらしい走りを見せたことは、みんなもテレビを見て知っていると思う。僕たちは? 輝かしいレースを見せたとは言えない。理由はいくつもあるけれど、特にチームのオーガニゼーションとレースの作戦によるところが大きい。

 僕は慎重にスタートをして、もし必要な状況になればセナを前に行かせることも考えていた。コースが乾いてくれば抜き返すことは可能だと確信していたからだ。でも、彼を“行かせる”必要はなかった。僕のギアボックスは1周目からめちゃくちゃになっていたから、彼は“自分”で僕を抜いていったのだ。

 レース中ずっと、シフトの操作には細心の注意を払うことが必要になった。そしてスタートの後、コースが乾き始めたのを見て、僕はスリックタイヤをはくためにピットインした。ところがこのタイヤがあまりに空気圧が低く、マシンは運転できないような状態に。ここからレースは悲劇的なものになっていった。

 雨が再び降り始めるとまたレインタイヤに。そしてもう1回ピットインしてスリックタイヤに。今度は冷たいタイヤでコースインすることになった。ウオーマーでタイヤを温めておくのを忘れたのだ。その上、リアウイングに取りつけられた小さなフィンを外してしまったりしたから、それでなくとも足りなかったダウンフォースはますます小さくなり、僕は本気でコースアウトしそうになった。

 この間に、マクラーレン・チームとともに厳密な作戦を遂行していったセナは、決定的なリードを築いていた。7回のピットストップで僕が失ったタイムは順に、7秒32、6秒61、7秒12、6秒91、46秒59、6秒81、7秒22だ。これはタイヤ交換に要した時間を計ったもので、ピットアウトのための減速、ピットアウトのための加速は含まれていないからトータルの計算はみなさんにまかせよう。

 イモラでは姿勢を立て直さなければならない。シルバーストーンで行うテストの際には、チーム全体を見直すことが必要だ。ピアリッツで短い休養を取った後、僕はシルバーストーン・テストに向かう。(訳・今宮雅子)

(次回はサンマリノGP編を掲載します)