2003年6月19日掲載
 インディカー第5戦のペナルティー問題を引きずって、第6戦パイクスピークを戦った高木虎之介は、うっ憤を晴らすような激走を展開した。雷雨のため予選は消滅し、フリー走行の結果で5番グリッドからスタートし、6位フィニッシュを果たし、またもやポイントゲットした。が、気分は最悪。主催者の虎之介に対するペナルティーの下し方が何とも不可解なのだ。第5戦終了後から続いた心の葛藤(かっとう)を、虎之介が振り返る。(虎之介=6位、優勝=スコット・ディクソン)



 何とも長い1週間だった。ナイトレースのテキサス戦を3位で終えた翌日曜、僕がペナルティーを受けそうだという記事が新聞に載っているという連絡が入った。記事によると、IRL側は月曜にビデオを見て決める、ということらしい。当然日曜は何も動きがないから終日憂うつだった。

 月曜日、チームに連絡するとIRLからは連絡がなく、火曜になって「月曜夜にIRLから連絡があり、インディ時間の火曜11時に発表する」とのことだった。レース直後から、僕には何の事情聴取もなく、他ドライバーや他チームオーナーが僕に詰め寄ってくることもなかった。なのに、いきなり夜の通達。しかも翌日の朝に発表するという。レース後は僕のチームオーナーのモーリス(ナン)も、レーシングアクシデントだから気にすることはない、と言ってくれた。

 モーリスはこの通達後、IRLと一緒にビデオを見て、こちらの主張を聞いてから決断するようにと交渉し、そのかいあって火曜の発表は見送られたが、結局、このビデオの合同検証は、延び延びとなり、金曜日の搬入日にも予定が合わないということで、土曜朝に初めてオーナーのモーリス、僕、そしてIRL側と話した。

■主張
 僕の主張は(1)僕がインサイドに降りてフェリペ(ジャフォーネ)と(スコット)シャープと3ワイドになったのは、T2(ターン2)立ち上がりのストレート上のことで彼らがクラッシュしたT3のエントリーではないということ。(2)僕はそれまでシャープがインサイドに降りてくるのを2度避け、2度目には彼の左前輪が僕の右側サイドポンツーンにぶつかっているということ。(3)僕はシャープと接触する前、回避のためすでにアクセルを抜いていること。(4)僕がさらに白線の下に下がらなかったら、彼の左前輪が僕の右後輪に乗り、空を舞ったかもしれないということ。(5)僕がストレートでインサイドに入ったことを疑問視する人もいるが、フェリペとシャープはT1のエントリーから競っていて、その時点でペースが落ちていたのだから、その後方の僕がT2の立ち上がりのストレートの、白線の上でインサイドに出るのはドライバーとして当然の行為だということ。(6)それはビデオを見れば明らかということ。

■落胆
 その間にグループ1のプラクティスが始まり、出走準備に入るから僕の走るグループ2のプラクティスが終わったらビデオを一緒に見ることになったのだが、発表はグループ2の走行中に出てしまった。しかも抗議した場合は、さらに重いペナルティーが科せられる場合があると記されている。結局、IRLとモーリスと僕は一緒にビデオを見なかったし、ペナルティー理由の説明も受けていない。

 そういう状況で、プラクティスと予選を行うのはチームもドライバーもつらい。オーナーを含め僕の12号車クルーは全員が落胆、インターバルが短く、2回目のプラクティスに集中するのも難しかった。それでも総合5番手のタイムを出せた。セッションの最後にニュータイヤで予選シミュレーションをやろうとしたが、スロットルに不具合が出てアタックがチェッカーに間に合わなかった。うまくいけば20秒フラットは出ていたはずだ。

 その後の予選は突然の雷雨でキャンセルされグリッドは5番手。うまくいけば2番手の感触があり、絶対にポールポジションを取ってやりたかったのに。