2003年7月3日掲載
■突然のスピン

 クラッシュする直前、(スコット)シャープ、フェリペ(ジャフォーネ)、僕の3台が縦列で走っていた。まずフェリペがメーンストレートでシャープをインから強引に抜き、僕は速度の落ちたシャープの背後についたままT(ターン)1をクリア。T2に入った瞬間にいきなりリアが出て、カウンターステアを当てる間もなくスピンした。そのまま壁に当たり、オーバルでの初クラッシュを経験した。全然攻めていないしステアリングもスロットルもホールドしたまま。姿勢変化の操作は一切していなかったのに…。マシンのダメージはひどく、サスペンションがモノコックにめり込んで割れてしまう全損状態。思ったより大きなインパクトだった。

 自分の操作ミスなら理由も明らかで言い訳のしようもあるけど、そうじゃない。サスペンションが壊れたわけでもウイングが外れたわけでもない。サラやビュールも同じ場所で同じようにスピンしたので、オイルでも落ちていたのかなぁ。が、一番の問題はレースカーが使用不能となり、本番には一度も走っていないTカーで最後尾スタートとなったこと。オイルや水漏れのチェックも行えず、セッティングをレースカーからコピーしてのぶっつけ本番。どんなにち密にセッティングを移しても、レーシングカーには個体差があって同じフィーリングにはならなかった。

■有松氏的確指示

 レースではスタート直後からオーバーステア(曲がりづらい状況)がひどかった。タイヤの内圧が上がらない1ラップ目にA・J・フォイト4、3ラップ目にバディ・ラジアを抜いたけど、その前のロジャー(安川)らに迫った時は彼らの内圧も上がり、並べても追い抜くには至らなかった。でも、その間にペースが落ちていたサラらを抜き、迫ってくるトップグループの間にマシンを置き続けることはできた。

 それでもトップグループが迫ってくる。40周目にスコットが僕の背後に迫ってきたが、スポッターのアドバイスとミラーで確認していたのですぐに分かった。ブルーフラッグを振られる前に先行させたよ。ちなみに今回から僕のスポッターはマネジャーの有松(義紀)さん。もちろん英語だけど、F1など世界中で8年間も僕の走りを見ているからコミュニケーションも完ぺきで随分と助かった。

■今回は目的達成

 マシンは相変わらずオーバーがひどかったが、クルーがピットで素晴らしい仕事をしてくれ終盤までどうにかトップと同じ周回で11番手をキープ。でも、ピットインのたびにウイングやタイヤの内圧を調整したけどオーバーの症状は収まらず、185ラップ目には再びラップダウン。それもラインを譲ってスピードが落ちた時にロジャーとレイにも抜かれて13位へ。マシンの状態が良くなかったので抵抗のしようもなかった。

 そして雨が降り206周でチェッカー。11位でゴールできなかったのは悔しいけど、粘ったかいもありランクは10位タイに返り咲き、プラクティスのグループ2の出走権を再び手にできた。とりあえずOKとしなければ。暑いショートオーバルの予選でもスコットにあと一歩まで迫れ、ピット作業も速くなった。細かなところをもう少し詰めれば、もっと上を狙える感触はつかめた。

 レース後、ファクトリーのあるインディアナポリスへ。月曜日にはモーリス(ナン代表)らと「チップガナシに勝つには何が足りないか?」というミーティングを一日中やった。アリー(ルイエンダイク)がインディ500で1台、フェリペがテキサスで1台、そして僕が1台と計3台のGフォースが全損で今週末のカンサス戦はスペアカーなし。が、チームの士気は上々。チップガナシ相手にどこまで頑張れるか。開幕戦ホームステッドの雪辱を期している。