「チームフロンティア」参戦6年目でさらなる進化
いつも元気いっぱいの上田。若手育成と8耐上位入賞へ大志を抱く=愛知県清須市のチームノビーのガレージで
いつも元気いっぱいの上田。若手育成と8耐上位入賞へ大志を抱く=愛知県清須市のチームノビーのガレージで
 元ロードレース世界選手権(WGP)ライダーの上田昇(52)が自ら立ち上げた「H43 Team─NOBBY」を率いて後継者を育てている。海外では「ヨーロッパスーパースポーツカップ」などに参戦し、日本では鈴鹿8時間耐久ロードレースに「チームフロンティア」として出場。ともに数年が経過して、蒔いた種が芽吹いてきた。「世界に通用するライダー育成と鈴鹿8耐上位入賞」という夢を追うノビーの挑戦は続く。

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 上田は衝撃的なデビューウインを飾った。1991年、WGPの日本GP(鈴鹿)125ccクラスにワイルドカードで参戦してポールtoウイン。そのまま世界に飛び出した。92年にはWGPのトップチームに招かれて2001年の引退まで12年間戦い続けた。通算160戦して、1412ポイント獲得は125cc史上最多記録となる。

 上田がパイオニアとなって世界への扉をこじ開け、後に続いた坂田和人や青木治親は世界チャンピオンに輝いた。上田は無冠に終わったが、坂田や青木に負けない実力と人気を誇り、欧州のファンに熱狂的に愛され続けた。エネルギーの塊のような上田のパワー、常に全開のライディング、けがに負けない不屈の闘志に誰もが魅了された。

 引退後、上田は自分の経験を伝えたいと「チームノビー」を結成し日本の若手ライダーの育成に乗り出す。また、海外参戦を目指すライダーの相談役として、ネットワークを使って多くのライダーを支えた。

 「世界で戦うことのできるライダー育成のために全日本、ルーキーズカップ、CEV(FIM・CEVレプソルインターナショナル選手権)と取り組んできたが、ホンダとドルナがアジアタレントカップに乗り出し、アルベルト・プーチさんらが、アジア人の育成をしてくれるようになった。日本人ライダーはあのシステムを使うのがベスト。なら、自分は欧州のライダーたちのために尽くそうと思った」

 16年にヨーロッパで「H43 Team─NOBBY」を結成。翌17年から本格的に日本からスペインに活動をシフトした。スペインのバレンシアの南約200キロに位置する海沿いの街カルタヘナが本拠地だ。

 今季の所属選手は6人。エースはミケル・ポンス(25)=スペイン=で、昨年のCEVのモト2ランキング6位と健闘したが、今年はヨーロッパスーパースポーツカップのSSP600クラスに出場する。その他はスペインのスーパーバイク世界選手権やCEVなど、将来性あふれる若手をチョイスしたという。

 「目標はモトGPと言いたいが、まずはモト2クラスに送り出せるようにと願って活動している」と上田。欧州の若手ライダーたちの底上げに力を尽くす。世界で鍛えられた上田のDNAを受け継ぐライダーが世界のレースシーンを沸かす日も近い。

DENSOがきっかけ?「チームフロンティア」誕生秘話

2018年のチームノビーの集合写真
2018年のチームノビーの集合写真
 上田は「鈴鹿8耐の上位入賞も大きな目標」と言う。こちらの日本の拠点は名古屋市。ここで上田が指揮する鈴鹿8耐に参戦する「チームフロンティア」が誕生した。

 きっかけは、上田がWGPで活躍しているころからサポートしてもらっているDENSO主催のトークショーだった。2001年に名古屋で開催され、ゲストで呼ばれた上田と司会を務めたタレントの黒岩唯一(ただかず)が出会い、意気投合。2人で「いつか鈴鹿8耐に参戦したい」と夢を描いた。

 それは15年に実現する。フロンティアの原口秀樹社長がオーナーとなり、黒岩が総監督、上田が監督を務めるチームだ。「10年は続けよう」と決め、今季は6年目の戦いを迎える。

 昨年は上田ならではのネットワークで「最強」と力を込めたメンバーがそろった。17─18年の世界耐久選手権(EWC)チャンピオンのアラン・テシェ(フランス)、11年WGP125ccチャンピオンのニコラス・テロール(スペイン)、EWCを戦うダニー・ウェブ(英国)だ。「チーム最高位の20位を超える」という目標を掲げ見事17位でフィニッシュ。常に進化を目指す上田は「今年はそれ以上を目指す」と語る。

 「スプリントはライダーが100%の力を出して勝負するが、耐久はちょっと違う。マージンを持って走ってもらい、スタッフがピット作業や戦略で補う。3人が90%の力を出せるように、ライダーのレベルを合わせ、マシンの方向性も決めなければ結果に結びつかない。鈴鹿8耐はワークス系のチームが多く参戦する。プライベートの自分たちが、どこまで食い込んで行けるのか挑戦するのが醍醐味(だいごみ)。簡単ではないからこそ面白い」

 昨年の鈴鹿8耐ではマシンにカメラを装着し、その映像を上田は繰り返し見たという。膨大な時間をかけ、得た情報を元にシミュレーションを行い、鈴鹿8耐に向けて動きだしている。今年はオリンピックイヤーで鈴鹿8耐のスケジュールが1週早い7月19日決勝に繰り上げられていることから、気象状況の変化も考えながらライダーのラインアップや戦略を考えている。

 「クルマを運転しながら、雨なら雨のレースを、晴れなら晴れ、曇りなら曇りで、どんな戦いになるか、どんなライダーがいいのかと自然と考えている」と笑った。日常生活の全てがレースに直結しているのだ。「自分の体に流れている血はガソリン」と言う上田が、その血が沸き立つ鈴鹿8耐に挑む。上田ならではの人選に注目が集まる。

 そして、「いつかはEWCに挑戦したい。24時間耐久を戦ってみたい」と語った。欧州で圧倒的な認知度と熱狂的なファンを持つ上田が、再び世界の舞台に立つことはレースファンにとって願ってもないこと。まだまだ挑戦を続ける上田の動向から目が離せない。

闘志の塊!ノビーという男

エース格のポンス
エース格のポンス
 上田昇(うえだ・のぼる)は1967(昭和42年)7月23日生まれ、現在52歳。愛知県赤羽根町(現田原市)出身。1989年鈴鹿選手権125ccでデビュー。90年国際A級昇格。91年日本GP125ccにワイルドカードで参戦し、初出場でPPを獲得して優勝する快挙を達成。「勝ったらフル参戦させてほしい」と上田が約束を取り付けていたこと、勝利したライダーが次戦に出ないのはおかしいとオーガナイザーから熱望されたこともあってフル参戦が決定。そこから12年間もWGPの第一線で活躍し続けた。

 闘志あふれるライディングゆえに転倒もあり、けがも多かったが、そこから復帰する不屈の闘志が称賛され愛された。そのレースへの取り組みやスタイルは、現在WGPで監督を務めるファウスト・グレッシーニ、ルーチョ・チェッキネロ、現役ライダーのバレンティーノ・ロッシらの各氏に多大な影響を与えた。「ノビー」の愛称で親しまれ、引退レースとなった02年の最終戦バレンシアでは引退を惜しむファンの「ノビー」コールが鳴りやまなかった。

 通算160戦出場と獲得ポイントの1412は、125ccクラスでは歴代1位。ポールポジションは19回、優勝は13回。2位12回、3位14回。表彰台には39回上った。年間ランキングの最高位は94、97年の2位。語学堪能で社交的な上田の交友関係は今も変わらず広い。また、鈴鹿レーシングスクールの講師も熱心に続けている。そのほか日本テレビのWGP解説者やコメンテーターとしても活躍している。
昨年の8耐をフロンティアで戦ったダニー・ウェブの走り=公式テストで
昨年の8耐をフロンティアで戦ったダニー・ウェブの走り=公式テストで
将来はEWCにも出たいと語る上田
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