開発主査兼チーフデザイナー中山雅氏に聞く
開発主査兼チーフデザイナー中山雅氏
開発主査兼チーフデザイナー中山雅氏
 マツダでロードスター開発主査兼チーフデザイナーを務める中山雅氏(52)がロードスターの魅力を語った。初代のNAロードスターを発表とほぼ同時に購入している筋金入りのロードスターファン。そのNAは今もガレージでND(4代目ロードスター)と並んでいるという。

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マツダファン・エンデュランス(通称:マツ耐)
マツダファン・エンデュランス(通称:マツ耐)
 −入社のきっかけは

 1989年に入社したのですが、ちょうど1975年、小学校4年のころにスーパーカーブームが起こり、それでスポーツカーが好きになった。それでクルマをデザインするならスポーツカー、スポーツカーならマツダだな、ということで決めました。

 −マツダにはすぐに決めたのですか?

 デザイン部門の採用方法はちょっと特殊で、前の年に事実上入社が決まってました。広島の人間なのでマツダには親和性があり違和感はなかったですね。

 −入社してすぐに初代ロードスターを購入したそうですが

 ちょうど大学を卒業するころに発表されて、すぐに購入を決意しました。それは今でも走っていますし、エンジンもぴかぴかです。これを買ったとき、このクルマは一生乗るんだと思いました。子供の時から年配の人が古いクルマに乗っているのをいいなと思っていた。若いときに買って一緒に年を取って白髪になってまで乗るのはかっこいいな。ああいう年の取り方をしたいなと思っていた。ロードスターはきっとそういうクルマだと思いました。

 −長い間一緒にいると愛着が出ますね

 「自然体でクルマと付き合ってます。最初はロードスターに対して今ほど熱烈ではありませんでした。でもずっと一緒にいることで愛着が湧いてきた。あまり力を入れすぎると、きっと飽きると思う。飽きるくらい溺愛するよりも、適度な距離を持った方がいい。そういうこともロードスターで学びました」

 −入社して最初にやったのは

 「まずは内装のデザインに配属されました。そこで、まずはシートを担当しました。トラックからスポーツカーまで全てやりました。実はこの経験がロードスターに生きているんです。ロードスターはオープンカーなので、内側と外側の区別がないんですね」

 −今は開発主査兼チーフデザイナーですが

 内装の量産開発車から内外装の先行開発、40歳を超えてチーフデザイナーとなりました。先行デザインはとにかく表現したいことを先鋭化して、絵に新しい発想が必要。量産車は実現できないといけない。どちらも厳しかったですね。

 −人の上に立つ苦労は

 この立場になって思うのは、大勢の人がいろんなところの仕事にからむ。それを束ねなければいけないです。束ねてもらう側の立場の時は自分の力を最大限発揮すればよかった。束ねる側に立つと、それをいかに発揮してもらうかにつきる。人間なんて機械じゃないんだから。スポーツと一緒。監督のひと言ひと言で選手が動けたりするじゃないですか。叱咤(しった)するのか激励するのか。それによっては180度くらい変わってしまう。

 −引き出すこつは

 いつもの力が80%くらいだったら、82%にするくらいでいい。ひとりがちょっと力を発揮してくれれば、最終的にみんなの力が合わさってすごいことになる。100を102や、98を100にするのは難しい。よく歯を食いしばるというけれど、80を82にするのは、そんなに難しくない。気の持ちよう。それをぱっと引き出すのが役割かなと思っています。

 −どんな方針ですか

 基本的に褒められて育ってきたので、くさしたらやっぱりダメだと思う。いい仕事をしたら褒める。そうするとすぐに2%が引き出せると思うんですね。

 −デザインでの苦労は

 走っているクルマが好きなのと、自分が運転するのが好きでないと、いいデザインはできないと思う。走っている姿を想像してかっこいいなと思うのを作ったら、結果的に空力性能がよかった。動いているクルマとしてかっこいいのが、自然と機能的に理にかなったクルマになるのだと思う。

 −ロードスターも同じですか

 ロードスターも同じです。誰もがかっこいいと思うシンプルな形に作り上げた。加えて、ロードスターの開発では、オープン2シーターとしてもっている素性のいいところは伸ばし、悪いところは工夫して欠点を最小化しました。人間でも、世話好きとおせっかいは紙一重。たとえば明るい人と喋りすぎな人。方向は一緒でもある瞬間を超えると変わってしまう。そのぎりぎりを見極めなければならない。

 −デザインはいつもしなやかでかっこいいですね

 夢を実現するのはエンジニア。設計の人が図面を書き、製造の人が設計者の書いた図面通りのものを作ろうとする。たとえば難しい曲面のプレスなどの工夫をする。それで、設計者の思ったようなものを実現させている。マツダは草創期からデザインを大切にする風土があって、それが今のマツダのデザインを生んでいるのだと思います。
ロードスター・パーティレースIII
ロードスター・パーティレースIII
 −ことしもメディア対抗4時間耐久レース(茨城県筑波サーキット、9月2日)に出たそうですが

 アマチュアであるマツダの人間が出られる頂点のレースですね。12年に初めて見学に行きました。それから毎年行き、自分も走りたいと思うようになった。そして、今、出ている自分がいる。いちデザイナーで応援団からスタートしたのが、数年後に走っていて、応援される側に回っている。ちょっとしたサクセスストーリー。これがいいかなと。これができるのがロードスターなんだなと思います。

 −チーム体制は

 マツダは2年前から(役員による)人馬一体とメーカー交流の2台体制。人馬一体の1台体制の時は、10位前後を健闘していたと思います。2台になっても入れ代わりながらも絶妙な位置取りは変わっていない。今年も出場したメーカー交流チームが16位と出過ぎず、かといって引っ込み過ぎない絶妙な位置ではありました。

 −ふだんの練習とかは

 山口県の美祢にマツダの試験場があってそこで練習しています。2カ月に一度くらいですね。初めて私がそのサーキットを走ったときは、2分10秒近くでした。それが練習を続けていると1分55秒とかになるんです。そうなってから2分10秒で走れと言われるとずいぶんゆっくり走っているような感じになるんですね。でも、これからあと3秒くらい刻まないとトップレベルにはなれない。

 −大変ですね

 これ以上タイムを伸ばすには、多少コースアウトするなど、やけどしながら限界を見極める必要があるかも知れません。でも、やけどしちゃいけないと言われた瞬間に、その“寸止め分”が差になって出てくる。うまい人は何度も何度も失敗して経験を活かしている。最後はなかなかタイムが縮まらないですね。

 −モータースポーツに力を入れていますが

 走ると楽しいということを広めていきたい。なるべくお金のかからない環境をつくりたいと思っています。市民マラソンと同じように気軽に出てもらいたい。それにはいかに“がち”じゃない人を取り込むかが鍵だと思ってます。その中から、マツダは頂点を目指す人もサポートしていく。

 −マツダとしての参加の意義は

 参加しないと関心がないと思われるし、そこで勝ってしまうと、持ち逃げと言われるし、絶妙なところですね。たまたま表彰されたときはうれしかったですね。クラスを細かく分けているのは、なるべくたくさんの人たちに賞を上げたいから。出てる感もあるし達成感もあるんですよね。

 −グローバルMX−5カップも始めていますね

 アメリカはすごい台数が出ててます。でも、もともと日本にはそういう風土がない。初年度とか台数少なくてもへこまずに続けなければいけないと思ってます。そうすればそれが力になる。

−日本のシリーズを制するとアメリカでの世界統一戦ですね

 もちろん応援は続けます。頂点を育成するプログラムのひとつですから。

 −マツダにはほかにロードスターを使ったパーティレースもありますね

 一般の人が出られる数少ないレースです。なるべく敷居を上げたくないですね。自分が敷居の内側にいると、敷居を上げたくなるけど、それを避けないと。これまでの経験で応援する側もされる側と両方の気持ちが分かるから、考えていきたいと思います。

 −マツダ、ロードスター、ひいてはモータースポーツのファンへメッセージを

 クルマ好きはたくさんのタイプがいて、ロードスターは特に範囲が広い。通常、普通のクルマはそのままサーキットを走ることはないけど、ロードスターでは走る人もいる。さらにはヘッドカバーをてかてかに磨く人もいる。ロードスターにはさまざまな価値観をもったオーナーがいるんです。両方の気持ちが分かるので、どちらの人にも対応したい。せっかくなら、人間が魅力を感じる対象としてのクルマを世の中に残したいなと思います。マツダはそういったものを作っていくので、見捨てずに応援してください。
中山主査のNA(初代)ロードスター
中山主査のNA(初代)ロードスター
 ▼中山雅(なかやま・まさし) 1965(昭和40)年6月4日生まれ、52歳。広島県出身。京都市立芸術大美術学部デザイン科卒業。1989年マツダ入社。内装のデザインが最初の担当。チーフデザイナーを務めつつ、16年7月にロードスター開発主査に就任した。