勝つことしか頭になかった…焦った僕の負け
ピットまで押して戻る途中みんなが励ましてくれた
燃えたバイクを押してピットへ戻る清成(カメラ=北村彰)
燃えたバイクを押してピットへ戻る清成(カメラ=北村彰)
 「鈴鹿8時間耐久ロードレース」で史上最多タイとなる5勝目に王手をかけた清成龍一(29)=ホンダ=は、今年の決勝(7月29日)で、自らが転倒して不本意な成績(41位)に終わった。すでに今年の主戦場であるアジアロードレース選手権では5日に行われた第3戦(中国・珠海)で第1レースで2位と、元気な走りを見せていたが、“8耐ショック”は大きかったはず。しばしの時間を置いてあらためて清成に8耐の戦いを振り返ってもらった。(聞き手=佐藤洋美)

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 −今年の8耐は並々ならぬ意気込みがあったと思いますが…

 清成龍一「そうですね。今年の僕は8耐が全てでした。誤解があると困りますが、アジア選手権のタイトルももちろん大事。でもアジアの情報はなかなか欧州には届かない。向こうの人に今年のキヨは何をやっているんだと知ってもらうには8耐が一番だったんです。J・レイも来るし、BSB(英国スーパーバイク選手権)で戦っていたL・キャミアやT・ヒルたちもね。もちろん芳賀(紀行)さんや秋吉(耕佑)さんや中須賀(克行)さんとも真っ向勝負がしたかったし、ここしか自分を試す場がないと思ってました。アジア選手権は600ccで8耐は1000ccなので乗り換えに慣れること、(高橋)巧のセットを仕上げること、タイヤの見極め…など、たくさんの課題を出し、それをクリアして勝ちたかった」

 −激しいトップ争いになりましたが、自分の走りで逆転を狙った?

 「2位や3位でいいならあそこ(5時間経過後の137周目)で行かなかった…。あの時は勝つことしか頭になかった。トップに立ってできるだけ差をつけて巧につなぎたかったんですが、焦った僕の負けでした」

 −結果、マシン炎上というアクシデント。けがは大丈夫ですか?

 「鼻と唇とあごにヤケドを負って、皮膚がはがれているから顔を洗う時にちょっと痛かった(笑)。肋骨も折れたんじゃないかな。でも放っておくしかなかった」

 −それだけで済んだことを感謝しなければなりませんね

 「あの瞬間、跳ね上がっていくマシンが見えて、それが乗っかってきましたからねえ」

 −炎の中で立ち上がって歩きはじめました

 「頭も打っていましたし、足も痛くてヤケドもあって…。でも、戻らなきゃって、どうしても戻らなければって、その思いだけでした」

 −消火液で覆われたマシンがオフィシャルの車に引かれて、戻るのは無理だと見えましたが

 「オフィシャルがマシンを押して帰ろうとするのを止めるんです。一度メディカルセンターに行き、体のチェックを受けろと。レースは続いていたし、一刻も早く戻りたかった。直接メディカルセンターの人と話し、必死に戻らせてほしいってお願いしたら、絶対に途中で倒れたりしないならという条件で許可してくれました」

 −でも押して帰るのは大変だったでしょう

 「オフィシャルの人も観客もコースサイドにいるカメラマンも『頑張れ、頑張れ』と、すごい声援で励ましてくれました。きつかったし、しんどかったし、もう何だかわけが分からなかったけど、止まるわけにはいかなかった。コースを走っているライダーを見て、オレは何をやっているんだろうという屈辱感と、一刻も早く戻らなければという気持ちがごちゃごちゃになった中で、なかなか前に進まないバイクを押していました」

 −ピットに帰ってきた清成選手はすすけた顔に必死な目がギラギラしていました

 「やっと戻ってこれたけど、みんなに申し訳ない気持ちでいっぱいで、もう謝るしかなかった」

 −スタッフは最低でも2時間はかかるといわれた修復を1時間余りでやり遂げ、高橋選手がチェッカーを受けました

 「チームにも巧にも(青山)博一君にも感謝しています。オフィシャル、観客、カメラマン…、もう、応援してくれた全ての人に感謝しています。来年もチャンスをもらえたら、今度はしっかり走り切って勝つ姿を見てもらい、感動したと言ってもらえるよう頑張ります」
テレビモニターに映し出された清成のクラッシュシーン。マシンが炎上してしまった(カメラ=佐藤洋美)
テレビモニターに映し出された清成のクラッシュシーン。マシンが炎上してしまった(カメラ=佐藤洋美)