一問一答
手動バイクで鈴鹿を走る拓磨
手動バイクで鈴鹿を走る拓磨
 −治親さんから声がかかった時は?

 拓磨「面白そうだ。ぜひやりたいと思った。バイクに乗りたい気持ちがあったけど、ずっと、我慢してきたから」

 −鈴鹿を走るのは?

 「1997年の(WGP)500以来、コースでバイクにまたがって1コーナーが見えた。そばには、ずっと僕のメカニックをしてくれていた岩野秀気さんがいて、スターティンググリッドにいるみたいだった。新しいレイアウトのコースを走るのは、もちろん、初めて。MCシケインは、曲がらずに通過してしまった(笑)」

 −かなりのスピードが出ているようで、みんなハラハラしていました

 「ストレートでは240キロくらい出た。4輪では経験しているけど、まったく違う感覚だった。今のバイクのすごさを実感。トラクションコントロール、ブレーキ制御、きっと10年前だったら乗れなかったと思う。バイクの進化を感じた。タイヤのグリップもすごい。それにしても鈴鹿8耐を走るライダー、モトGPライダーの身体能力、速さを想像できて、そのすごさを改めて実感した。でも、次に乗る時は、膝を擦れそう。今は肘を擦るんだよね。肘は難しいかな(笑)」

 −見守る人たちのなかには泣いている人もいました

 「自分も涙が出たよ」

 −これからは?

 「障害のある人に、やりたいこと、これまでしていたこと、何でも諦めずにいたら実現できるということを伝えたい。来年、(4輪で)参戦するルマン24時間耐久も同じ思い。希望になれたらと思う。イギリスやフランスでは、すでに障害者のバイクレースが実施されているようだし、いつか日本でもできたらと思う」

 −3兄弟で鈴鹿8耐に参戦という話も出ていますが…

 「できたらすごいことだね。今は鈴鹿8耐で、お客さんの前で走るのが楽しみ。たくさんの人に、走る姿を見てほしい。見ている人の中で、バイクに乗りたいと思ってくれる人がいたら、うれしい。応援に来てほしい」

 ▽青木宣篤「治親の企画、声掛けで始まったプロジェクト。たくさんの人の支えで実現に向かうことができた。テストでは2回乗っているのを見たが、鈴鹿サーキットを走るのを見るのは特別の思いがある。拓磨の走る姿を見て、親や嫁さん、家族の気持ちが分かった。無事に戻ってくれてホッとした」

 ▽青木治親「障害があってもレースに挑戦し続けている拓ちゃんは、自分なんか比べものにならないくらい強い精神力の持ち主。だから、バイクに乗ってと持ち掛けることができた。乗ってほしいと思った。マーシャルカーに乗って拓ちゃんの走りを後ろから見ていたけど、かなり攻めていてドキドキした」