’95第2戦マレーシアGP編
リタイアに厳しい表情のノリック。さあ次は鈴鹿だ(カメラ=竹内秀信)
リタイアに厳しい表情のノリック。さあ次は鈴鹿だ(カメラ=竹内秀信)
 阿部典史にとって苦い決勝となったシャーアラム。しかし、得たものは大きかった。1戦ごとに大きく成長していくノリックは、次の日本GP(23日決勝)へ向け貴重なお土産をもってくるはずだ。
 だめだよ。こけちゃ。マレーシアGPはこんな感じのレースだった。

 でも、去年の日本GPの時と一緒で表彰台を絶対に取ろうと思って走ったから、後悔はしてないけれど。

 今、振り返ってみれば、スタートはうまくいったんだけど、シャーアラムは1コーナーが小さいからぐしゃぐしゃになって前に行けなかった。伊藤さんを抜くのにずいぶん時間もかかったし、2位争いをしてる前の3台(K・シュワンツ、D・ビーティー、A・クリヴィーレ)が見えた時は、タイヤがもうズルズルだった。

 でもその3台に追いついたしタイムもどんどん上がっていたから、迷わずに行っちゃった。だから、転んじゃったんだけど。

 17周目に転んだ時に絶対に完走するんだって思ってたしバイクを起こして再スタートしたんだけど、フロントブレーキのレバーが折れてた。ピットに帰ってレバーを交換してすぐに出ていこうと思ったんだけど、交換するのに20分ぐらいかかるかもしれないって言われてやめた。予選はやっぱり1列目にいなきゃだめだなって痛感した。

 でも、今回のレースは前回のオーストラリアGPほど悔しくはなかった。今回も全力度では同じだったんだけど、オーストラリアはチョ〜悔しかった。反対にチョ〜うれしかったのは予選で4番手だったことかな。マレーシアの予選6位もうれしかったけど、今回はチョ〜うれしいとまではいかなかった。

 残念だったのは、カピロッシを転ばせてしまったこと。指が折れてるかもしれないって言われた時は、すごく悪いなって思った。大丈夫だったみたいで良かったけれど。

 ぶつかったのはスタートして1周目のバックストレッチのブレーキング。前にルカ(L・カダローラ)がいて、ルカがゆっくり走っていたからインから抜こうと思って横に入ったら、ルカが強引にブロックするみたいにふさいできた。もう、タイヤがロックするぐらいブレーキかけてぶつかるのを避けたんだけど、その時に後ろにいたカピロッシがぶつかってきたみたい。

 レースが終わってカピロッシのところに謝りに行ったんだけど、少し怒ってたみたいだった。チームの人は、仕方がないって言ってくれたけど。

 今回、お母さんが初めてレースを見に来た。僕がオートバイに乗っているのを見に来たのは、4歳か5歳の時に多摩川でポケバイやってる時以来、初めて。転んじゃったけどいい走りをしてたってとても喜んでくれて、僕がピットに帰ってきたら泣いてた。

 お父さんも忙しいのに、オーストラリアとマレーシアと日本から来てくれて、いろいろとアドバイスしてくれた。

 マレーシアの印象は、とにかく暑かったことかな。走った後は、もうヘロヘロだった。久しぶりにレイニーさんともゆっくり話をした。予選の1日目が終わった時に、オーストラリアGPのビデオを一緒に見てくれて、いろいろとアドバイスをしてくれた。

 主にライン取りのことが多かったけど、ライディングについてもいろいろ話した。

 2日目になって、カメラマンの人とかジャーナリストの人に「少し乗り方が変わった」って言われた。自分では特別意識してなかったんだけど、レイニーさんのアドバイスのせいかもしれない。

 マレーシアでは、コースの下見にいいかなって思ってローラーブレードを買った。テストの時にコースサイドに猿がいたし、猿に青リンゴあげようと思って木曜日にローラーブレードでコースを回ったんだけど、猿はいなかった。

 今回のレースは完走できなかったけれど、表彰台に立つんだって思って全力で走ったから自分では少しは良かったと思う。完走できなかったのは、ホント、残念だったけれど。

 次の日本GPにつながるいい走りをしてたって言ってくれる人も多い。つながっていれば本当にいいと思う。日本GPは、頑張るゾ。

■1995年4月5日掲載