’95第3戦日本GP編
日本GPで苦しんだノリックだが、レースが終わればいつもの自分を取り戻した
日本GPで苦しんだノリックだが、レースが終わればいつもの自分を取り戻した
 フル参戦ライダーとして初めての日本GPのプレッシャーは、想像以上に厳しいものだった。予選、決勝と不完全燃焼に終わった阿部典史は、鈴鹿の闘いのなかでどんなことを考えていたのか。
 第1戦のオーストラリアGPの時から日本GPはすごく楽しみにしていたのに、予選も決勝もまるでいいところがなくて、超〜残念、超〜悔しかった。

 スタートで飛び出してズルズル順位を落としたオーストラリアと同じような気分。レースの内容はまるで違うけど、順位も同じ9位。ホント、悔しいレースだった。去年の日本GPの時は雨の予選でもすごくいい走りができただけに余計に悔しい。でも、これがもし晴れでの成績だったら、もっともっとつらかったかもしれないなって思う。

 いろんな人に予選の時からマシンやタイヤに問題があるのかって質問されたけど、そんなことは関係なかった。ただ、普通はドライとウエットでそんなにセッティングが変わらないはずなのに、今回はまるっきり変わってしまった。そのあたりに原因があったのかもしれない。

 きっと僕がセッティングの方向をうまく決められなかったんだと思う。だって、マシンが寝ている時も立っている時もまるでグリップしなかったし、決勝では、ホント、何度も転びそうになった。何度もピットに入ろうかと思った。

 でも、うれしいこともたくさんあった。サーキットホテルに泊まっていたんだけど、夜、食事に出ると、びっくりするぐらいファンの人がいて、「頑張ってください」って声を掛けてくれた。身動きができないぐらい囲まれて、チームのマネジャーに助けられたこともある。本当は全員の人にサインをしてあげたかったんだけど、できなかった人には本当にゴメンナサイ。

 それは走っている時も同じで、観客席にいる人がびっくりするぐらい応援してくれた。本当にありがとう。これでいい走りを見てもらえればもっと良かったんだろうけど、日本GPは1年に1回しかないし、来年まで待ってくださいって思っていた。

 レースが終わって、鈴鹿で食事をしてからその日の夜のうちに東京に帰った。家に着いたのは明け方の4時ごろだったけど、録画してあったビデオを何度も見てしまった。

 あんな後ろの方を走ってるから僕はテレビにほとんど映らなかったけど、もっと頑張って前の方を走っていたら、僕のマシンがどのくらい滑っているか分かってくれたのかなって……。

 伊藤さんはスムーズに乗っていたしすごく速かった。最後は転んでしまって残念だったけど、トップを走っていたんだしカッコ良かった。それにビーティーがやっぱりすごい走りをしていた。ドゥーハンはコースアウトしたけど、あれは彼じゃなければ絶対に転んでたと思う。やっぱりさすがだなって感じた。

 終わってみて、やっぱり日本GPは特別なレースだった。取材が多いのは全然気にならないけど、今回は予選でも決勝でも成績が良くなくて、話すこともそんなになかったから、正直つらかった。

 何を話せばいいんだろうって……。これがずっと天気が良くて、成績も良ければどんなに取材が殺到しても、きっと平気なんだろうけどね。

 でもね、レースが終わってからは、いつも通りに僕は振る舞うことにしたんだ。もう終わってしまったことだし、仕方がないって。だから、チェッカーを受けた後、まるで優勝した時みたいにウイリーもバンバンしたし、応援してくれる観客の人にもたくさん手を振ってあげた。

 2コーナー、デグナー、スプーン。雨だったから、車速とフロントホイールの回転が合わなくて落ちた時にタイヤがロックして危険だから長くはしなかったけど、いつもの自分に戻れたと思う。

 次のスペインGPはテストもしているし、これまで以上に頑張るつもり。また、応援してください。

■1995年4月26日掲載