’95第10戦チェコGP編
JMSF初日に登場した時のノリック。チェコでの激走を誓っていたが=東京・千代田区のホテルニューオータニで
JMSF初日に登場した時のノリック。チェコでの激走を誓っていたが=東京・千代田区のホテルニューオータニで
 一時はトップを走りながら、転倒して大きなチャンスを逃した阿部典史。これで3戦続けての転倒で、なかなかトンネルを抜け出せない。残りは3戦。ノリックに焦りはないのか。
 こんな時、どんなレースだったかを話すのは、ちょっとつらい。つらいだけじゃなく、たった7周で転んじゃったし、そんなに多くを語ることもないんだ。

 でも、ラップチャートにはたった2周だけどトップを走ったっていう記録も残った。転んじゃしょうがないんだけどね……。

 スタートはうまくいった。トップで1コーナーに入れて、序盤も飛ばしていけた。でも、3周目にドゥーハンに抜かれて、5周目にルカ(カダローラ)に抜かれた時には、もうタイヤがズルズル。7周目の1コーナーでアウトにふくらんで伊藤さんにも抜かれたと時には、もう行けるとこまで行けって思った。そうしたら、最終コーナーでフロントから滑って転んでしまったんだ。

 開幕戦オーストラリアGPの時とはまったく同じ感じのレースだった。予選が4位。スタートがうまくいったのも同じ。ただ、オーストラリアGPの時は、絶対に完走するんだ、転んじゃいけないって思って走っていたけど、今回は、口にこそしなかったけど、表彰台、優勝も狙っていたし、周りもそう期待してくれていたから、できるところまで頑張ろうって走ったんだ。

 転んだ時、すぐ後ろにビーティーがいた。ビーティーの車載カメラから、僕の転倒シーンがテレビに流れていたってあとで聞いた。転んだ時に、後ろを振り向いたシーンまでハッキリ映っていたらしい。「あれは意識的に後ろを振り向いたか?」ってジャーナリストの人に聞かれたけど、「そうです」って言ったら驚いていた。

 でも、そんなところで感心されたってちっとも面白くない。やっぱりレースでいい結果を残してみんなに驚いてほしいし、喜んでもらいたい。

 転倒でケガはなかった。転んでしまった最終コーナーからピットまで歩いて帰る途中、ずっとずっと、タイヤに怒っていた。ちきしょう、ちきしょうって……。そして、スタート前のダンロップの人とのやりとりがずっと頭の中でグルグルと何回も思い返されてきて仕方がなかったんだ。そして、「やっぱりルカと同じタイヤにすればよかった」って何度も思った。

 だって、ルカは優勝。僕は違うフロントタイヤを選択して転倒してしまったんだから。

 今回、ルカは17インチのタイヤを選んだ。僕も同じタイヤで予選を走ってベストタイムを出したんだけど、「ルカと同じタイヤでは、僕には、レース距離は持たない。16・5インチのタイヤか、ミシュランを使うしかない」とダンロップの人がアドバイスしてくれたんだ。で、僕は16・5インチのニュータイヤを選んだんだけど、結局、だめだった。

 後でよく考えてみれば、僕もいけなかった。だって、予選で16・5インチのタイヤを使って3ラップ以上走ったことは一度もなかったし、もっときちんとテストをして、自分に合うタイヤを選ばなくてはいけないってことを痛切に感じたんだ。

 前回のイギリスGPから、ダンロップは次々にいいタイヤを出してくれる。シーズンの中盤ぐらいまでは阪神大震災の影響もあって、フロントタイヤにミシュランを使ったりしたけど、最近はずっとダンロップで走っている。どのくらい良くなっているかは、実際にルカは優勝していることでもわかる。それなのに僕は、転倒の原因を一瞬でもタイヤのせいにしたのは、すごく反省している。

 ただ、予選が終わった日に、今回の決勝でルカに破られたけど、それまでチェコのレコードを持っていたレイニー(W・レイニー)さんより何カ所も速い所があって、それだけがうれしかった。

 今週は、これから2日間バルセロナでテストがある。次のブラジルまで3週間空くので、何かいい報告ができればいいなって思っている。テレビの前で、日本で応援してくれたファンの人には、本当にゴメンナサイ。でも、もう残り3戦。よ〜し、頑張るぞ。

■1995年8月23日掲載