’95第11戦ブラジルGP編
表彰台ビギナーのため、喜び人一倍のノリック(カメラ=竹内秀信)
表彰台ビギナーのため、喜び人一倍のノリック(カメラ=竹内秀信)
 WGP第11戦ブラジルGPで自己最高位の3位という予選グリッドで決勝を迎えたノリック。得意としているスタートで大失敗。序盤から苦しい戦いを演じたが、予選からの好調ぶりを発揮。素晴らしいラップタイムで次々に前車をパスし、L・ガダローラ、M・ドゥーハンに次ぐ堂々の3位でチェッカー。ついに、念願の表彰台に立った。その喜びの声満載の記念すべきノリック手記が遠くブラジルから届いた。
 今回のレースは、予選から完全に表彰台に立てるポジションにいたし、まずは、立ててよかったというのが正直な気持ち。本当はもっとうれしいのかと思っていたけど、接戦じゃなかったから、実は思っていたほどではなかった。

 ルカもドゥーハンも単独だったし、僕も後半は単独走行。といっても、これは冷静になってからのことで、表彰台に立った時は、さすがに何ともいえない気持ちだった。

 レースが終わってすぐ東京の母に電話を入れた。日本は夜中の3時だったけど、起きて待っているって言われていたし、「3位だったよ」って言ったら「えっ、3位なの?」って、ちょっと驚いていた。眠そうな声だったけれど、寝ないで待っていてくれた母にいい報告ができて、今回は本当によかった。

 喜んでいたといえば、優勝したルカがすごかった。表彰台の上でこれでもかってくらいシャンパンをかけてきて、全身シャンパン臭くなってしまったんだ。

 表彰台の上でダンロップの帽子もビショビショ。記者会見場に行く時に、ファンの人がその帽子をくれっていうから、あげちゃった。でも、そのせいで大変なことになってしまったんだ。

 だって、記者会見場では帽子をかぶらなくてはいけないらしくて、そんなこと知らなかったし、チームの人が大慌てで持って来てくれた。

 全日本を走っている時は、いつも表彰台を下りるとファンの人にあげていた。だから、ついつい……。これからは気をつけなくてはいけないなあって思った。

 今回のレースは表彰台に立ったからよかったものの、スタートに失敗した時は、超ヤバイって思った。しかも、前にはいつも抜けないバロスにクリヴィーレ。でも、今回は自分でもびっくりするぐらいすんなりと抜けた。

 それからはペースも上がって単独3位。その時はもうルカとドゥーハンが逃げ始めていて、一生懸命走っても、少しずつ離されてしまった。

 ルカの速さには本当に驚いた。まさかあそこまで速く走るとは思っていなかったし、これこそ超ビックリ。ドゥーハンも速かったし、もし、スタートが決まっていても、勝てたかどうかわからない。たぶん、ジワジワと離されてしまったんじゃないかな。

 それよりも終盤になって、4位の選手に差をつめられた時はつらかった。後でそれがビーティーだってわかったんだけど、その時にはもうタイヤがかなり減っていたし、僕も超疲れていた。それから全力で走るのは、ホントつらかった。

 だから、今回のレースは長かった。疲れた。しんどかった。早く終われって、ずっと思っていたんだ。

 レースが終わって、その日の夜に祝賀パーティーがあった。ルカが優勝で僕が3位だからチームも大喜び。ものすごい盛り上がったパーティーになった。

 どうしてこんなによかったの? 原因は? ってずいぶん聞かれた。全員が初コースだから、ヨーロッパで走るようなハンディがなくなったからかって言われたけど、それは感じなかった。得意の左コーナーが多かったのが一番の要因だったと思う。それにコースが滑りやすかったこと。いつもバイクを寝かせ過ぎだってケニーさんやレイニーさんに言われていたけど、今回はあまりバイクを寝かせられなかったのが良かった。

 3位になったことで、次から、この3位がすごいプレッシャーになると思う。絶対に表彰台に立たなくては、立たないと満足できないだろう……と思う。

 ブラジル、アルゼンチンは2週連続。成績が良かったから気分はいいけど、次もうまくいくとは限らない。アルゼンチンはブラジルよりも路面が滑りやすいって原田さんが言っていたし、今まで以上に気合を入れないとだめだと思う。

 ブラジルGPは本当にいろんなニュースがあった。125では治親がチャンピオンになったし、きっとトーチュウにもでかく載ったんだろうなあ。今度は僕がでっかく載せてもらえるように、頑張るつもり。表彰台に立ったプレッシャーに負けず、気負わず、自分の力を全部出せる走りがしたいと思っている。(構成=遠藤智)

■1995年9月20日掲載