’95最終ヨーロッパGP編
早くも来年に備えて踏み出したノリック(カメラ=竹内秀信)
早くも来年に備えて踏み出したノリック(カメラ=竹内秀信)
 初めてのWGPフル参戦。期待と不安の中で過ごしたノリックの95年シーズンが終わった。ランキングは9位。目標にしていた5位には届かなかったが、「常に全力全開」のポリシーを最後まで貫き通した1年でもあった。最終戦は、惜しくも転倒リタイア。しかし、今シーズンの収穫は大きい。19歳から20歳へと成長したノリックの、96年のさらなるスーパージャンプに期待は大だ。
 スタートに失敗したのは、ホント、大失敗だった。

 今回は予選8番手、2列目からのスタート。シグナルが青になって出だしは良かったのだけれど、その後、クラッチを早くつなぎ過ぎてエンジンが止まりそうになってしまったんだ。で、止まりそうになったところでまたクラッチをつないじゃったものだから、みんなにガァーって一気に抜かれてしまった。

 それで超〜焦って、3周目までは集団の中で12番手。4周目に11番手に上がってやっと前がクリアになった。サア行くぞって5周目には1分48秒前半までペースを上げたんだけれど、次の周、最終コーナーでフロントから滑って、転んでしまったんだ。

 最終戦だったし、何とか完走して終わりたい、表彰台に立ってシーズンを締めくくりたいと思っていたから、ホント、残念だった。

 転んだ後、ピットまで歩いて帰った。転倒の原因は僕にあったし、チームの人ともそんなに話すこともなくてすぐにモーターホームに帰った。で、テレビを見たら伊藤(真一)さんが3位を走っていて、おお、これはすごいって。それからゴールまで「いけぇ〜」って大声を張り上げて応援していたんだ。

 終盤になって、伊藤さんが2位に上がった。ラストラップにトップに立った時なんか、日本から来ていたお父さんと一緒に最高潮に盛り上がってしまって、モーターホームの中は大騒ぎになっていた。

 最後は抜かれて2位。内心はきっと悔しかったんだろうけど、ものすごくうれしそうにしていたし、だから、僕もうれしかった。

 初めてのグランプリシーズン。伊藤さんと奥さんにはいつもお世話になりっぱなしで、僕の成績がいい時はいつも「良かったね」と言ってくれた。走っている時はライバルだけど、今回、僕は転んでしまっただけに、伊藤さんが表彰台に立ってくれてホント、良かったなって思った。

 それにしても、あっという間の1年だったような気がする。最終戦も、最後だからガンバルゾっていつも以上に気合を入れていた。でも、カタロニアはどのチームもテストを十分にしているコースだし、いつも以上にレベルが高かった。

 だって、初日の予選でも、僕はテストで出した自己ベストをマークしたのに9位。2日目はもっともっと頑張ったのに8番手。やっぱり、グランプリはすごいやってあらためて思ったし、闘志もわいた。

 今回は、いつも以上に緊張しているしピリピリしているってみんなに言われた。最終戦ということで、毎日、取材やイベントの参加がいっぱいで超忙しかったというのも、その原因かもしれない。

 500CCの予選が終わるのが午後3時45分。ゆっくりできるのが、毎日午後7時、8時って感じで、正直イライラしたこともある。金曜日、土曜日の夜に、サーキットの近くでケニーさんやランディ(マモラ)、エディ・ローソンとか、アメリカからいろんな選手が来てダート・トラックをやっていたんだけど、何だか集中して見ることもできなかった。

 でも、その忙しさがレースに影響したとは思わない。転倒とも全然関係ない。ただ、最終戦という独特な雰囲気の中で、集中力を高めるのが難しかったのは確かだった。

 今シーズンを振り返ってみると、やっぱり、超〜短かった。全日本を走っていた時は優勝をしたりランキングでもトップにいたりしてすごく長く感じたけれど、今年は下のポジションから次も次もという感じで頑張ってきたから、アッという間だった。

 自己採点すれば、今年は70点ぐらい。ノーポイントのレースが5つもあったし、ランキングは決していいとは思わない。ただ、初めてのサーキットでも、慣れるのがどんどん早くなっていくのが自分でも分かったし、決勝ではいつも結構いいタイムで走れたのは良かった。自分が成長した部分だと思う。でも、まだ今年が終わったって気が全然しない。転倒リタイアしたのに、そんなに悲しくもないし…。今月の22日にSUGOでレースがあるせいかもしれないけど、でも、2、3週間したら、「終わったな」って実感が沸いてくるのかもしれない。

 来年もきっと、今年のアルベルト・プーチのように急に速くなる選手が出てくると思う。僕もどうすればあんなに速くなれるのかなって、今、考えているところなんだ。来年の開幕に向けて、今以上に、何をすればいいかって…。もう、来年は始まってるんだ。

■1995年10月11日掲載