’96第1戦マレーシアGP編
第2ヒート3位で気分は最高。次戦インドネシアに向けて、クアラルンプールでもりもり食べまくるノリック(カメラ=渡辺利博)
第2ヒート3位で気分は最高。次戦インドネシアに向けて、クアラルンプールでもりもり食べまくるノリック(カメラ=渡辺利博)
 予選7番手スタートの阿部典史。決勝は突然のスコールで赤旗中断される波乱の展開となった。その中断前にノリックは、他車と接触してコースアウト。大きく順位を落としていた。しかし再開された第2ヒートでは、初優勝を予感させるスーパーラップを連発。96年のスタートとしては上々のパフォーマンスを見せたノリックの心中は……。
 スッゲェ〜うれしいレースだった。最終ラップ、最後の最後にラッセルを抜いてゴールすることができたし、総合結果の8位は別にしても、第2ヒートの3位は本当にうれしかった。

 たぶん、ラッセルを抜けなかったら最悪の気分だったはず。あまりにもうれしかったから、チェッカーを受けた時にガッツポーズが出た。コースを1周している間も、まるで優勝したみたいだったぞっていろんな人に言われるほど、手を上げたりしてはしゃいでいた。本当はもっとはしゃぎたかったくらいだったけれど、総合で8位、第2ヒートの3位も幻の3位だったから、自分では控えめにしたつもりだったんだけどね。

 それにしても、開幕戦は荒れたレースだった。スタート直前に空に黒い雲が少し出てきて嫌な感じがしたけれど、まさかあんなに早く雨が落ちて来るとはね。スコールが降ってレースが中断になったのは、リザルトでは10周目になっているけど、実際は2〜3周は余計に走っている。

 岡田さんがコースアウトしたのは降り始めだったと思うし、カピロッシが転んだ時はもうビシャビシャにぬれていた。ああ、これは中止だなって思ってゆっくり最終コーナーに向かっていくと、ここから先は全然雨が降ってないからみんなバ〜ンと全開で走っていく。あれれって感じ……。もっと早く赤旗を出すべきだったんじゃないかって僕は思った。

 その中断になるまでが、僕にとっては散々な結果になっていた。スタートはあまり良くなかった。それでも序盤は5番手。さあこれからと思っていた6周目、バックストレートエンドの左コーナーでチェカがぶつかる勢いでド〜ンとインに入って来てコースアウトしてしまったんだ。危ない。危ないよアイツ。その前の周も最終コーナーでぶつけられそうになっていたし、あれが今回のレースで最悪の出来事だった。

 あのコースアウトで20位まで順位を落とした。中断になるまで16位まで回復していたけど、トップのカダローラには43秒も遅れていた。だから第2ヒートで3位になっても、総合で8位になるのが精いっぱいだったんだ。

 でも、結果としてその大差が体の力を抜くことになって良かったのかもしれない。第1ヒートはすごい気合が入っていたのにあまりいい走りではなかった。それが第2ヒートではスタートもバッチリ決まって、タイムも予選と同じ1分25秒台がバシバシ出た。良かった。実に良かったって感じ。総合8位は残念だけれど、内容が良かったから自分では満足している。

 チームやヤマハのスタッフの人たちも喜んでくれたし、マシンも本当に良くなった。ストレートも速くて、オフのテストの成果が出たなって感じだった。そういう訳で今回のレースに点数をつければ、75点ぐらいの出来だけれど、第2ヒートだけは90点をつけてもいいと思った。

 レースウイークは毎日、夜8時半に寝ていた。マレーシアは超〜暑くて体力勝負だと思っていたから、睡眠をたっぷり取った。だから決勝が終わった夜ぐらいは夜更かししてもいいかなって思っていたら、月曜日の朝、しかも7時半からホテルの前のゴルフ場でチームのコンペをやるという。絶対に来いって言われていたけど、疲れているし絶対に寝てやるゾって思っていた。朝電話が掛かってきても電話には出なかった。

 で、インドネシアへの移動が火曜日なので、月曜日の夜はクアラルンプール市内の屋台でご飯を食べて、チャイナタウンでお母さんや友達へのお土産を買った。

 屋台でごはんを食べていると、「アベ、アベ」ってファンの人にいっぱい囲まれてサインをせがまれた。こんな時はうれしいけれど、サインが延々と続くので、ああ、どうしよう、マズイゾって思うやら、何とも複雑な心境。でも、今回のマレーシアGPのポスターが僕だったし、レースの時もテレビにたくさん映った。レースも内容はバッチリだったし、サインしながらありがとうございましたって思っていたんだ。

 本当に、久しぶりにいい気分でレースを終われたなって感じ。屋台で食べたエビのうまいこと。次のインドネシアもきっと厳しいレースになると思うけれど、今度は本当の表彰台を目指して走りたいと思っている。

■1996年4月3日掲載