’96第3戦日本GP編
圧勝で500cc初勝利を飾ったノリック(カメラ=野間智)
圧勝で500cc初勝利を飾ったノリック(カメラ=野間智)
 21日に行われたWGP第3戦日本GPで、ノリックがついに初優勝を遂げた。500CCクラスで20歳7カ月の勝利は、天才と言われたF・スペンサーの20歳6カ月に次ぐ史上2番目の快挙だった。しかしそんな記録よりも大事なのは、ノリックの走りが日本GP史上もっとも大きな感動と興奮を与えてくれたことだろう。その時のノリックの胸中は−−。
 勝ってしまった。ああ、ついにやったゾって感じ。今は本当にそんな気持ちでいっぱいなんだ。応援してくれたファンの皆さん、調子が出ない時も励まし続けてくれたチームやヤマハのスタッフの皆さん、スポンサーの皆さん、そして全日本時代からお世話になった関係者の方々に、まずはお礼を言いたいと思います。どうもありがとうございました。

 それにしても、優勝したなんて今でも信じられないような気分。レース中も自分がトップを走っているなんて、本当に信じられなかった。「レースは長かったですか?」って何度も聞かれたけれど、今回は本当に短く感じた。汗もかかなかったしあっという間だったから、余計にそう思うのかもしれない。

 序盤は目まぐるしく順位が変わった。コーナーで抜いてもストレートで簡単に抜き返された。でも、クリヴィーレを抜いてバロスを抜いてドゥーハンを抜いて……。それでもトップに立った感じはまるでなかった。そして絶対、アクセルは緩めなかった。

 レース前に表彰台に絶対に立ちたい。立てないんなら転んだ方がマシだって思っていた。ヤマハに乗ってからずっとうまく走れなかった。僕は2年目なのにインドネシアでは今年初めてヤマハに乗るカピロッシが表彰台に立った。今回もバイルが予選で調子が良くて、何でオレだけ速く走れないんだってずっと思っていたから、その悔しさをぶつけたんだ。

 チェッカーを受けた時は、やっぱり、やったなって感じだった。テレビにも映っていたけれど、2コーナー先でファンの人が日の丸を渡してくれた。あんなの初めての経験で、エンジンが止まってバイクを押してもらった。旗を持たずにウイリーをガンガン決めていきたいなあって気持ちも少しはあったけれど、250CCで3位になった大ちゃん(加藤大治郎)がチェッカーを受けた後にウイリーしていて風にあおられて転んだってことを後で聞いて、ああ、やっぱり旗をもらって良かったなあって……。だって、僕があのままの精神状態でウイリーしていったらきっと真後ろに引っ繰り返っていたと思う。絶対に超〜カッコ悪いことになっていたと思うからなんだ。

 レースが終わって、仲間や友達から電話をたくさんもらった。大ちゃんからも電話がかかってきて「3位、やったね」って言ったら「1位の方が全然すごいよ」って言われて「あっ、そうか」って。で、みんなに「どうしたの?」って必ず聞かれる。そのたびに「ホント、どうしたんだろうね」って答えるしかなかったんだ。

 実際、雨が降った予選初日から調子が悪くて、リザルトも見たくないほどだった。感触のいい7号車が壊れたり、いいところがなかった。

 だけど、2日目のタイムアタックを見ていたおやじに「ヒジが上がらなくなった」って言われた。それは自分でも感じていたし、だんだん元のフォームに戻ってきたのかなって。でも、それがどうしてなのかは自分でも分からなかった。

 2日目の予選で変わったのは、リアサスのリンクと、ブーツをイタリアのアルパインスターに変えたことぐらい。そのブーツは、僕のヘルメットと同じ“星”がトレードマークで、ああ、やっぱり星がついているからいいんだなって思ったりもした。

 普段、縁起やジンクスなんか気にしたことはないけど、それなら、決勝はグローブにも星マークを入れようって、見えない場所にマジックで、「ハンドルグリップから手が外れませんように」って願いを込めて書き込んだんだ。

 決勝は調子のいい方の7号車で走った。予選まですごく遅かったS字コーナーもすごく速くなってペースはグングン上がった。今までとライン取りを少しも変えていないのに速い。コーナーでのタイヤのスライドも、序盤はその滑りに慣れていなくてスムーズじゃなかったけれど、どんどん乗り方を変えていってうまく流せるようになっていったんだ。

 みんなには、イヤ〜怖かった。ハラハラドキドキしたって言われたけれど、自分で危ないって感じたことは一度もなかった。94年の日本GPはもっとスライドしていたしマシンも暴れていた。今回のスライドはタイムロスになっていないし、自分で言うのもナンだけれど、いや〜、速いなって。シケインの進入でバロスを抜いた時だけは、トップのドゥーハンが思ったよりもブレーキングが早くて突っ込みそうになってさすがにヒヤッとしたけどね。

 ケニーさんにも、予選の走りがまるで駄目だったから「決勝は一体どうしたんだ?」って言われた。「オレはもう年寄りなんだから心臓が弱いんだ。後ろとのタイム差を考えてもう少しペースを考えろ」って顔は笑っていたけど、目は真剣だった。

 これでもう、94年の日本GPのことは言わないかもね。今まで生きてきた中で今回が最高のレースだったし、これからの自分の励みになると思う。次(第4戦スペインGP、5月12日決勝)も表彰台に立てるように、超〜頑張りたいと思っているんだ。

■1996年4月24日掲載